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科学万博つくば'85

 1985(昭和60)年、現在のつくば市御幸が丘(旧谷田部町)、筑波西部工業団地の場所(第1会場)で開催された。正式名称は「国際科学技術博覧会」。略称が「科学万博つくば'85」。 日本万国博覧会(大阪万博、1970(昭和45)年、大阪府)、国際海洋博覧会(沖縄海洋博、1975(昭和50)年、沖縄県)についで、国内3番目の万博開催だった。 「人間・居住・環境と科学技術」をテーマとして、国内の28機関と、海外からも47カ国と38の国際機関が出展した。 筑波研究学園都市建設20周年と筑波研究学園都市の概成によるお披露目を兼ねた政府によるイベントだった。 なお、現在のエキスポセンターの場所が第2会場で、エキスポセンターは第2会場を再整備して開場した。
 期間は1985(昭和60)年3月17日から9月16日までの184日間。期間中の入場者数は2033万4727人。1日平均約10万人。外国人入場者数は約75万5000人。 当時、世界最大の観覧車やSONYが出展した縦20m、横40m、2000インチの巨大テレビジャンボトロン、トマトとジャガイモを掛け合わせ 地中にジャガイモ、地上にトマトを実らせた「ポマト」などが話題を集めた。また、迫力ある音と映像やロボットなどが活躍する日本のパビリオンが人気で多くの人たちが長い行列を作った。
 なお、当時の鉄道の玄関口となったのが現在の牛久市に設置された常磐線の万博中央駅。当時は臨時駅だったが。その後周辺とともに改修が行われ、現在はひたち野うしく駅となっている。 また、当時のソビエト館の建物は筑波研究学園専門学校の校舎として再利用された。
 2001(平成13)年には、ニュースで結構取り上げられた21世紀の自分に当てた手紙「ポストカプセル2001」。 あて先不明で届けられないなど話題になったがこの企画が行われたのも科学万博。
 跡地は、現在工業団地となり、日本電気やアステラス製薬、クラレなど、日本を代表する企業が研究所を置いている。
つくばエキスポセンター
 科学万博の成果を発展させ、青少年に対する科学技術の普及啓発、科学技術を通じた国際交流の促進、 産・学・官の連携促進等の事業を行うことにより、わが国における科学技術の振興を図ることを目的として1986(昭和61)年3月に 設立されたのが「財団法人つくば科学万博記念財団」。 同市内にある「つくばエキスポセンター」を拠点にこれらの事業を行っている。なおH2ロケットの実物大模型など、万博会場にあった展示物も一部移転されている。
 展示は、隕石や日本の宇宙開発、国際宇宙ステーションなど宇宙を中心に深海や原子力など多岐にわたる。屋外には、ユニークなモニュメントもある。
 エキスポセンター内には国内有数の星の数を誇るプラネタリウムがあり、人気となっている。またユニークな企画展なども行われており、楽しめる。
 開館時間は午前10時〜午後5時。毎週月曜日及び最終火曜日、年末年始休館。 入場料は大人300円、小人150円。プラネタリウム券は大人700円(入場料含む)、小人350円(同)、団体割引等あり。駐車場あり(一部有料)。
 つくば市吾妻。つくばエキスポセンターの地図
つくばエクスポセンター
H2ロケットが目を引くつくばエキスポセンター、左側のドームがプラネタリウム
科学万博記念公園
 筑波西部工業団地内にある公園。1985(昭和60)年の科学万博跡地に作られた。当時のDブロックにあったぽっちゃん池など、当時の面影を残す。 シルバーに輝く高さ10メートルの“科学の門"は、同公園のシンボル。日本政府出展のテーマ館にあった高さ42mのシンボルタワーを4分の1の大きさに縮小して建てられた記念塔。 1988(昭和63)年1月完成。4本の銀の脚と下げられて銀の玉が特徴。なかに下げられている銀の玉が見る方向によって4人の科学者が浮かび上がる。 東側から見るとエジソン、西側からはアルキメデス、南側はニュートン、北側からガリレオ。門の下には万博会場マップが埋め込まれている。 園内には、家族連れや若者たちでにぎわう芝生広場や池、アヤメ園、そして全天候型テニスコートが5面ある。現在は桜の名所として有名。駐車場有、51台。
 つくば市御幸が丘6。科学万博記念公園の地図
科学の門
科学の門
科学博マップ
科学の門の下に設置されている万博会場マップ
公園街路 公園街路夏
紅葉時期の公園遊歩道の街路樹(左)、同じく初夏の街路樹(右)
科学万博記念公園 公園広場
万博当時の面影を一部に残す科学万博記念公園(左)、公園の広場(右)
未来を視る−岡本太郎
 大阪の万博で太陽の塔を製作した芸術家、岡本太郎氏がつくば万博のために製作したモニュメント。長く万博会場跡地である万博記念公園にあったが、つくばエクスプレスの開通に合わせて2005(平成17)年、万博記念公園駅前に移された。
 つくば市諏訪。未来を視るの地図
未来を見る
万博記念公園駅前に設置された岡本太郎の「未来を視る」
未来を視る青 未来を視る白
「未来を視る」と一緒にある青のモニュメント(左)、同じく白のモニュメント(右)
万博中央駅
 科学万博期間中、当時の国鉄常磐線、牛久駅と荒川沖駅の間に設けられた臨時駅。設置期間は1985(昭和60)年3月14日から9月16日まで。 地元から常設駅として設置が求められていたこともあり、1998(平成10)年3月14日、ひたち野うしく駅として開業した。
 臨時駅は、上りと下りの線路両側にホームが設けられた(相対式2面ホーム)。また上りホームと下りホームを結ぶ跨線橋があった。 臨時快速列車エキスポライナーが停車した。駅と万博会場は連接バスで結ばれていた。
 臨時駅閉鎖後、駅跡地に地元の牛久町(当時)によって「飛翔」と題した万博中央駅記念碑が設けられた。 記念碑は一時、他所に移設されていたが、現在はひたち野うしく駅西口前に設置されてる。
 牛久市ひたちの西。ひたち野うしく駅の地図
ひたち野うしく駅 飛翔碑
万博中央駅跡地に設置されたひたち野うしく駅(左)、西口にある飛翔碑(右)
ポストカプセル記念碑
 万博会場で行われたイベント「ポストカプセル2001−21世紀のあなたにお届けする夢の郵便」の記念碑。 筑波学園郵便局の公園通り側にある。当時の会場で集まった郵便は328万通で、その郵便は約16年間、筑波学園郵便局に保管されていた。 21世紀の最初の日、2001(平成13)年の元旦に配達された。この記念碑は、ポストカプセルの感動を後世に伝えるため設置された。
 つくば市吾妻。ポストカプセル記念碑の地図
ポストカプセル記念碑
ポストカプセル記念碑。当時の専用ポストのミニチュアがかたどられている
宇宙の卵
 国際科学技術博覧会(科学万博つくば'85)で展示されていた宇宙の卵が筑波山神社の境内に置かれている。 説明書きの看板には「万博東ゲートに飾られていた科学万博つくば'85のシンボルで、強化プラスチック製で銀色鈍く輝く "宇宙の卵"は無の象徴として生まれ、みんなであたためる未来の夢が楽しみである」などと書かれている。 大きさは高さ2.3m、長さ2.5m、直径2m、重さ6t。 ランドスケープデザイン研究所の所長で現在大学教授なども務める上山良子氏のデザイン。
 なお、筑波山神社境内にはつくば科学万博記念館もある。下記参照。
 つくば市筑波1。宇宙の卵の地図
宇宙の卵 宇宙の卵説明
長年風雨にさらされてきたこともあって、強化プラスチックの表面もひび割れやはがれが目立っている。随神門の西側、奥にある。
つくば科学万博記念館
 筑波山神社境内にある。国際科学技術博覧会(科学万博つくば'85)で使われていたものなどが残されている。
 つくば市筑波1。つくば科学万博記念館の地図
科学博記念館
筑波山神社境内にある記念館
万博記念の森
 宝篋山の山頂近く約9.87haの森。つくば博及び国際森林年を記念し、松くい虫による松枯れ対策として実施された。 「未来に豊かな緑を残す」の趣旨に賛同した、全国約4万人からの寄金でつくられた。 ヒノキを中心に、約3万本の樹木が植えられている。
 宝篋山の登山コース、山口コース(1)の登山道沿いに、万博記念の森を記念したモニュメント広場がある。 モニュメントには、全国からの寄付者の名前が刻まれている。
 つくば市山口。万博記念の森モニュメント広場の地図
万博記念の森 万博記念の森
万博記念の森モニュメント広場(左)、記念碑(右)
いばらきパビリオン休憩室
 いばらきパビリオンの休憩室として使われていた建物を当時の谷田部町婦人会が譲り受け、同じく当時の谷田部町役場南側駐車場に移設された。現在もそこにある。 木造瓦葺で大きさは間口9.1m、奥行5.8m。現在は千歳通り公園ボランティア会が使用する。
 つくば市谷田部。旧いばらきパビリオン休憩室の地図
いばらきパビリオン
いばらきパビリオン休憩室
タイパビリオン
 花の入公園に移設されているつくば博のタイパビリオン。つくば博の建物として残る数少ない遺構。1996(平成8)年、タイ瓦の屋根が老朽化したため銅板葺に変えられたがそれ以外は万博当時のままという。 桜川市に合併する前の大和村の名誉村民で医学博士の故延島市郎氏、同じく名誉村民で女医の故延島秀子氏夫妻は、タイ国の留学生、延べ約300人の親代わり、身元保証人となって、物心両面にわたって援助した。 そういった縁もあって、タイパビリオンを大和村の公園に移設し、タイ国との友好の証とした。なお、延島市郎氏の生涯は『聴診器と国民外交』などの本になっている。
 桜川市東飯田。花の入公園の地図
タイパビリオン 日タイ交流記念碑
タイパビリオン(左)と日タイ交流記念碑(右)
常磐道谷田部仮出口跡
 科学万博開催期間中、国道408号に接続する場所に設けられていた臨時出口跡。ここから左側の斜面が掘削され、出口が設けられていた。 谷田部インターチェンジから水戸寄りの場所にある。臨時出口の名が示すとおり、東京方面からの下り車線にのみ設けられた出口で、 ここから入ることは出来なかった。なお、上り車線側にも似たような空き地があるが上り車線側には何もなかった。 つくば市内に残る、数少ない万博の面影でもある。
 つくば市北中妻。常磐道谷田部仮出口跡の地図
常磐道谷田部仮出口跡
常磐道に残る仮出口跡。走っているとほとんど気付かないが、道路の上下線の両側に不自然な空き地がある
科学万博碑
 科学万博を記念する石碑が現在も残っている。
和
万博の成功を祈願して万博の前年に建てられた記念碑「和」。つくば市役所旧桜支所前にある
タイムカプセル
 当時の谷田部町万博対策室が埋めたタイムカプセル。埋設場所は、石で封印され、石には「50年後への伝言 2034年12月7日開封」と刻まれている。 地中には円筒形のカプセルが埋められ、中には当時のさまざまなものが入っているという。場所は旧谷田部町の役場敷地内にあった芳梅園内。
タイムカプセル
芳梅園内にあるタイムカプセル上の石の封印
科学万博看板
 現在も科学万博の看板が残る。
看板 ごみ箱
筑波山つつじヶ丘の売店に残る科学万博のマークの入った看板(左)、筑波地域交流センターにある科学万博のマークの入ったごみ箱(右)
科学万博マーク
 2005(平成17)年に開通したつくばエクスプレスの万博記念公園駅周辺遊歩道には、車止めの上部に科学万博のシンボルマークと同じくマスコット、 コスモ星丸のプレートが飾られている。もちろん、科学万博当時からあるものではない。
EXPO85 星丸
遊歩道の車止めにあるEXPO’85のマーク(左)、同じくコスモ星丸(右)
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