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利根町・河内町

 利根町は、利根川の川岸にある。利根町の中心市街地である布川河岸は、利根川の水運を使い、銚子から江戸への物資の中継地として栄えた。 東京のベッドタウンとして新興住宅地が多く誕生している。最寄駅は、利根川の栄橋を渡ったJR成田線、布佐駅。
 1889(明治22)年4月1日、町村制施行に伴い、現在の利根町域には、北相馬郡布川町、文村、文間村、東文間村が誕生。 1955(昭和30)年1月1日、布川町、文村、文間村、東文間村が合併して利根町が発足する。 北相馬郡唯一の自治体。 人口は16,313人(2015年国勢調査)、面積は24.90平方km。
 河内町は、同じく利根川の川岸にある町で、利根町の下流側にある。自然豊かな純農村地帯。
 1889(明治22)年4月1日、町村制施行に伴い、現在の河内町域には、河内郡長竿村、同源清田村、同生板村、千葉県香取郡金江津村が誕生する。 1896(明治29)年4月1日、河内郡と信太郡が合併し、稲敷郡となる。 1955(昭和30)年5月3日、稲敷郡長竿村、同源清田村、同生板村が合併して河内村が発足。 1958(昭和33)年2月15日、金江津村が河内村に編入合併し、現在の町域となる。1996(平成8)年6月1日、町制施行。 人口9,168人(2015年国勢調査)、面積は44.32平方km。

利根町

柳田國男記念公苑
 日本民俗学の父といわれ、遠野物語などで知られる柳田國男が少年時代暮らした住居、旧小川家を改築し、著作物や文書を展示している。
 開館時間は見学が午前9時から午後4時30分。無料。会議室や講座での利用は午後9時まで。宿泊は午後3時から翌日の午前8時30分での利用。 会議室、宿泊での利用は使用料有。
 北相馬郡利根町布川1787−1。柳田國男記念公苑の地図
柳田國男記念公苑
柳田國男記念公苑
蛟虫罔神社こうもうじんじゃ、みつちじんじゃ
 延喜式内社。蛟●神社(●の漢字は虫へんに罔)。 祭神は罔象女大神(みつはのめのおおかみ)。 門の宮(かどのみや)と奥の宮(おくのみや)がある。とね七福神の大黒天を祀る。
 紀元前288年、現在の門の宮に罔象女大神を祀ったのが始まりと伝えられている。 698年、土の神様、埴山姫大神(はにやまひめのおおかみ)を合祀した。 年代は不明だが、このころ現在の奥の宮である東の高台に遷座した。
 秋季例大祭は「ばかまち」と呼ばれる(下記参照)。門の宮、奥の宮の両本殿と雨乞いの絵馬は、利根町指定文化財。
 御朱印有。御朱印については御朱印・神社も参照。
 北相馬郡利根町立木2184。蛟もう神社門の宮の地図
 北相馬郡利根町立木882。蛟もう神社奥の宮の地図
蛟もう神社奥の宮拝殿 蛟もう神社御朱印
新しくなった蛟もう神社奥の宮拝殿(左)、御朱印(右)
蛟もう神社奥の宮本殿 蛟もう神社門の宮本殿
蛟もう神社奥の宮本殿(左)、門の宮本殿(右)
蛟もう神社門の宮拝殿 蛟もう神社門の宮鳥居
蛟もう神社門の宮拝殿(左)、鳥居(右)
ばかまち
 蛟虫罔神社例大祭。かつて同神社の馬と鹿島神宮の鹿が交歓する日として「馬鹿まち」と呼ばれる。 毎年旧暦の9月14日から15日にかけて行われる神事。
 旧暦9月14日午後10時から奥の宮で神御衣替えの神事。儀式終了後、松明を先頭に門の宮に行列を組んで移動。 門の宮でも同じく神衣替えの神事を行った後、再び松明行列で奥の宮に戻る。 その後、氏子、崇敬者の無病息災を祈念するという湯立(ゆだ)て神事。 そして最後に御衣焚(みそた)き神事が執り行われる。 これは神様の着物である神御衣(かんみそ)を茅(かや)と眞菰(まこも)の松明の中に納め焚き上げる。 火が消えたところで参列者に直会(なおらい)の御神酒がふるまわれる。
湯立て神事
湯立て神事
神事 松明行列
奥の宮での神事(左)、奥の宮から門の宮へ松明行列で向かう(右)
御衣焚き神事
御衣焚き神事
布川神社
 祭神は久々能智之命(くぐぬちのみこと)。布川の市街を見下ろす高台にある。 境内にはとね七福神の恵比寿天がある。
 創建は鎌倉時代の寛元年間(1243〜46年)、豊島摂津守の建立という。 別当寺の1734(享保19)年の記録に「正一位布川大明神」の記録がある。 1868(明治元)年布川神社と改称。
 祭礼は3年に一度行われる「布川神社臨時大祭」。7月末の金曜日から日曜日。神輿や山車が町内に繰り出す。
 北相馬郡利根町布川1779。布川神社の地図
布川神社拝殿
布川神社拝殿
布川神社本殿 布川神社鳥居
布川神社本殿(左)、鳥居と参道(右)
徳満寺
 海珠山多聞院徳満寺。真言宗豊山派の寺。創建は不明、元亀年間(1570〜73年)、祐誠上人が中興した。 本尊は木造地蔵菩薩立像。元禄年間(1688〜1703年)に地蔵堂を建立し、京都の六波羅蜜寺から勧請した。 年に1度の御開帳で、それに合わせて門前に市がたち、地蔵市として多くの人で賑わった。 現在でも毎年11月下旬の1週間が御開帳で、今でも地蔵市が開かれている。 また、7月の第1日曜日には太刀祭が行われる。
 地蔵菩薩は、「子育て地蔵」として信仰を集めている。 これには伝説があり、医者でもさじを投げた子供の病気が、この地蔵菩薩に祈ったところ、地蔵菩薩のお告げがあり、間もなく回復したという。
 金銅板両界曼荼羅は国指定文化財。また、本尊はじめ、間引き絵馬は利根町指定文化財。
 境内には、とね七福神の毘沙門天がある。
 北相馬郡利根町布川3004。徳満寺の地図
徳満寺本堂
徳満寺本堂(地蔵堂)
徳満寺客殿 徳満寺山門
徳満寺客殿(左)、山門(右)
大刀祭 だいとうさい
 7月の第1日曜日に徳満寺及び旧布川町内で開催される祭り。 5m以上もある大太刀はじめ、2本の太刀に藁の龍を巻きつけて練り歩き、悪疫退散と五穀豊穣を祈願する奇祭。
 約170年前の江戸時代、疫病が流行った時に長さ3間(約5.4m)の大太刀を作りこれを担いで練り歩いたところ疫病が治まったと伝わる。 刀には(疫病などを)断ち切る力があるとされる。長く途絶えていたが、1949(昭和24)年ごろ、徳満寺の屋根改修の際、 屋根裏から発見され、祭りも再開した。その後一時途絶えたが、再び復活している。 悪疫退散に加え、水神である龍を太刀に巻きつけることで五穀豊穣を祈願する。
 徳満寺境内で太刀を前に経をあげた後、午前11時、徳満寺を出発。門前の旧布川町内を練り歩いた。
大刀祭
門前を練り歩く
大刀祭経 大刀祭太刀
出発前、経をあげ祭りの安全を祈願する(左)、藁の龍で飾られた大小の太刀(右)
来見寺
 瑞龍山来見寺。曹洞宗の寺。1560(永禄3)年、当時の府川(布川)城主、豊島頼継の開基。山門の赤門は利根町指定文化財。 赤松宗旦の墓がある。また境内には、とね七福神の弁財天がある。
 北相馬郡利根町布川3080。来見寺の地図
来見寺赤門 来見寺本堂
来見寺赤門(左)本堂(右)
応順寺
 羽立山応順寺。浄土真宗大谷派の寺。1588(天正16)年の開山。境内には、とね七福神の寿老人がある。
 北相馬郡利根町羽中1431。応順寺の地図
応順寺
応順寺
円明寺
 長根山地蔵院円明寺。浄土宗の寺。創建は、1255(建長7)年、良忠上人の開山とも、1402(応永9)年、良栄上人の開山とも言われる。 境内には、とね七福神の布袋尊がある。
 御朱印有。寺院の御朱印については御朱印・寺院も参照。
 北相馬郡利根町立木1368。円明寺の地図
円明寺本堂 円明寺御朱印
円明寺旧本堂(左)、御朱印(右)
円明寺山門
円明寺山門
とね七福神  1周約12km。
■毘沙門天 徳満寺
 徳満寺客殿脇にある。毘沙門天のほか、小さな七福神が並ぶ。(寺院については上記参照)
 北相馬郡利根町布川3004。徳満寺の地図
毘沙門天
毘沙門天
■弁財天 来見寺
 来見寺本堂前にある。(寺院については上記参照)
 北相馬郡利根町布川3080。来見寺の地図
弁財天
弁財天
■恵比寿天 布川神社
 布川神社拝殿左手にある。(神社については上記参照)
 北相馬郡利根町布川1779。布川神社の地図
恵比寿天
恵比寿天
■寿老人 応順寺
 山門を入った右手にある。(寺院については上記参照)
 北相馬郡利根町羽中1431。応順寺の地図
寿老人
寿老人
■大黒天 蛟もう神社
 蛟もう神社門の宮鳥居脇にある。(神社については上記参照)
 北相馬郡利根町立木2184。蛟もう神社の地図
大黒天
大黒天
■布袋尊 円明寺
 円明寺本堂左手にある。(寺院については上記参照)
 北相馬郡利根町立木1368。円明寺の地図
布袋尊
布袋尊
■福禄寿 早尾天神社
 早尾天神社の参道右側にある。
 北相馬郡利根町早尾74−1。早尾天神社の地図
福禄寿 早尾天神社
福禄寿(左)、早尾天神社社殿(右)
泉光寺
 円通寺大慈院泉光寺。真言宗豊山派。本尊は鎌倉時代末の作とされる「木造観世音菩薩立像」。行基作と伝わる。 本堂は1844(天保15)年12月の再建、仁王門は1811(文化8)年の建立。 仁王像は1716(正徳6)年作とされ、両像とも全高190cm。木造観世音菩薩立像と仁王像は利根町指定文化財。
 北相馬郡利根町奥山777。泉光寺の地図
泉光寺本堂 泉光寺仁王門
泉光寺本堂(左)、仁王門(右)
琴平神社
 利根川近くの高台にある。毎年9月には、金刀比羅相撲(奉納相撲)が開催される。
 北相馬郡利根町。琴平神社の地図
琴平神社社殿
琴平神社社殿
琴平神社鳥居 琴平神社句碑
琴平神社鳥居(左)、境内にある小林一茶の句碑(右)

河内町

大利根飛行場
 利根川の河川敷にある飛行場。滑走路の長さは600m、幅20m。 小型機、モーターグライダー、グライダーの離着陸を行っている。 総面積84150平方m。1964(昭和39)年開設。
 稲敷郡河内町大徳鍋子新田1962。大利根飛行場の地図
直販センターふるさとかわち
 農業振興を目的に河内町やJA、生産者などが出資して設立した第3セクター鰍モるさとかわちの直売所。 茨城県内で有数の稲作地帯である河内のオリジナル米「とねのめぐみ」や最高級コシヒカリ「おかずがいらないかわちのお米」を販売。 微生物を利用した堆肥発酵促進剤「かわちエース」を開発、土作りから徹底して行ったこだわりのブランド米だ。
 直販センターには、この「とねのめぐみ」、「おかずがいらないかわちのお米」はじめ、河内町で採れた野菜などを販売している。
 稲敷郡河内町長竿4641。直販センターふるさとかわちの地図
ふるさとかわち
直販センターふるさとかわち
水と緑のふれあい公園
 不動免沼を中心にした公園。野球場やサッカー場、親水広場、子ども広場などがある。
 稲敷郡河内町長竿5412。水と緑のふれあい公園の地図
水と緑のふれあい公園
水と緑のふれあい公園
側高神社そばたかじんじゃ
 祭神は天津彦火火出見命(あまつひこほほでみのみこと)。永徳年間(1381〜83年)、現在の香取市大倉にある香取神宮の第一摂社、側高神社から分詞した。 もともと大嶋川岸にあったが、寛永年間(1624〜43年)に現在地に遷座した。1873(明治6)年村社。
 河内町の文化財に指定されている本殿は、1714(正徳4)年の建立。一間社流造り。
 稲敷郡河内町金江津4272。側高神社の地図
側高神社
側高神社社殿
妙行寺
 満足山極楽院妙行寺。天台宗の寺。創建は806(大同元)年、満願上人の開基。本尊は木造阿弥陀如来坐像。檜材、寄木造、像高107cm。 慶派の流れをくむ仏像で、鎌倉時代の作と伝わる。茨城県指定文化財。
 境内には法華塔(三義人供養塔)がある。これは、1817(文化14)年、生板村など天領8ヶ村の農民が、凶作にもかかわらず重くなる年貢に耐えかねて、 江戸の代官邸及び勘定奉行所に門訴した事件で、獄死した指導者、片岡万平、石山市左衛門、成毛与五衛門3人の供養塔。 1823(文政6)年の建立。塔高4.1m。3人の戒名が刻まれている。また塔には、3人を陰で支えた亮海和尚、台座には建立に協力した13ヶ村100名に及ぶ村民の名が残されている。 現在でも12月の第1日曜日に法要が行われている。河内町指定文化財第1号。
 このほか境内には、河内町の天然記念物に指定されているイチョウがある。目通り幹周り約4.2m、樹高約30m。
 稲敷郡河内町生板4947。妙行寺の地図
妙行寺 三義人供養塔
妙行寺本堂(左)、三義人供養塔(右)
勝福寺
 高騎山勝福寺。真言宗智山派。本尊は金剛界大日如来と胎蔵界大日如来からなる両部大日如来。 また「まっくら観音」と呼ばれる秘仏の千手観音が祀られている。両部大日如来と千手観音は河内町指定文化財。 このほか心願観音も祀られている。
 寺名から「何事にも勝って福が授かる寺」といい、一心にお参りすれば必ず福が向いてくるという。江戸時代初期寛文年間(1661〜72年)の創建。 祐圓上人の開山。
 毎年8月9日は「まっくら観音ご縁日」で、多くの金魚の提灯が奉納されることで知られる(下記参照)。
 稲敷郡河内町羽子騎9。勝福寺の地図
勝福寺本堂 勝福寺山門
勝福寺本堂(左)、山門(右)
まっくら観音
 まっくら観音縁日。真暗観音。勝福寺で毎年8月9日に開かれる縁日。奉納された多くの「金魚提灯」が境内を飾リ、夜空を舞う金魚として知られる。 邪気払い札で、厄払い、悪払いを行う。また年に一度、秘仏の千手観音(まっくら観音)が御開帳される。
 金魚提灯は、古くから赤や朱色は魔除けなど災いを除くといい厄落としのほか、金魚だけに金運にも御利益があるとされ、毎年100匹以上の奉納がある。 なお「まっくら観音」の名前は、普段は厨子に閉じ込められその姿が見られないことからという。
 縁日当日は、午後7時から御護摩修行。参詣者の諸願成就を祈念する。このほか、遠方から来る参詣者のために当日は臨時駐車場(無料)も設けられる。
まっくら観音
まっくら観音で奉納された金魚の提灯
まっくら観音本堂 まっくら観音境内
まっくら観音縁日当日の本堂前(左)、同じく境内(右)
海禅寺
 龍峰山海禅寺。曹洞宗の寺。本尊は河内町の文化財に指定されている釈迦如来坐像。
 創建は、1558(永禄元)年、鎌倉・円覚寺の義雲和尚が、臨済宗の寺、長竿山海蔵寺として開いたのが最初。 1673(延宝元)年、空譽国存和尚が現在地に本堂などを建て、稲敷市(旧江戸崎町)の曹洞宗管天寺8世日洲呑堯和尚を勧請した。
 山門は、禅宗式の四脚門。蟇股、虹梁、木鼻の彫刻は江戸時代・享保期(1716〜35年)の特徴を持つ。 楼門は、入母屋造、2階建て、鐘楼門形式。同じく蟇股、虹梁、木鼻の彫刻は江戸時代・天明期(1781〜88年)の特徴を持つ。 いずれも河内町の文化財に指定されている。
 稲敷郡河内町長竿104。海禅寺の地図
海禅寺楼門
海禅寺楼門
海禅寺山門 海禅寺本堂
海禅寺山門(左)、本堂(右)
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