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取手市

 茨城県を南北に縦断し、東京と結ぶ交通の大動脈JR常磐線と国道6号。その最南部に位置し、東京方面からの玄関口ともなっているのが取手市。 2005(平成17)年3月28日、取手市と北相馬郡藤代町が合併し、新しい取手市となった。人口106,570人(2015年国勢調査)、面積69.96平方km。
 旧取手市は、1947(昭和22)年3月13日、取手町と井野村が合併、1955(昭和30)年2月15日、取手町と小文間村、寺原村、稲戸井村と高井村の一部が 合併し旧取手市域となった。1970(昭和45)年10月1日、市制施行した。合併前の人口は82,527人(2000年国勢調査)、面積は37.09平方km。
 旧藤代町は、1955(昭和30)年2月21日、相馬町と六郷村、山王村、それに高須村と久賀村の一部が合併して誕生した。 合併前の人口は33,466人(2000年国勢調査)、面積は32.87平方km。
 古くから水戸街道の宿場町として栄えた利根川河畔の街。また、平将門公に関する史跡や伝説が多く残る。市名の由来も、将門公が砦を築いたことからと伝えられる。 つくば市とは隣接してはいないが、牛久沼を挟んで対岸の場所がある。ただし、牛久沼が龍ケ崎市に属するため、沼の対岸でありながら隣接していない。
取手駅(関東鉄道常総線)、西取手駅、寺原駅、新取手駅、ゆめみ野駅、稲戸井駅、戸頭駅関東鉄道常総線・駅へ。 関東鉄道常総線の車両について は関東鉄道常総線・車両へ。
小貝川の河川、支流、橋などについては小貝川へ。
キリンビール取手工場
 キリンビール取手工場は1970(昭和45)年操業開始。国内最大級のビール工場。 見学は要予約。受付時間は午前9時〜午後3時30分。見学50分、試飲20分。月曜日、年末年始定休。
 取手市桑原188−1。キリンビール取手工場の地図
旧取手宿本陣染野家住宅
 1795(寛政7)年の建築。染野(そめの)家の当主は、代々取手宿の名主を務めていた。 1687(貞享4)年、水戸徳川家から本陣に指定されたと伝えられている。主屋及び土蔵は茨城県指定文化財、染野家全体が取手市指定史跡。
 主屋は面積約312平方m。茶の間など染野家の住居部分と玄関、上段の間、二の間、三の間、なかのまなど本陣として利用する部分からなる。 土蔵は主屋の向かって左手前にあり、面積は約41平方m。このほか表門がある。なお主屋の玄関脇には「郵便窓口の跡」がある。 これは明治初期に郵便局として利用された名残で、建物の外に面したこの時期の窓口は全国でも3例しか残っていない貴重なものという。
 公開日は、毎週金、土、日曜日(年末年始を除く)。時間は午前10時から午後4時まで(入場は午後3時30分まで)。入場無料。
 取手市取手。旧取手宿本陣の地図
取手宿本陣
旧取手宿本陣
取手祇園祭
 取手総鎮守、八坂神社の例祭(八坂神社は下記参照)。8月1日から3日間、曜日に関係なく行われる。 古くは旧暦6月17日から3日間だったが、1955(昭和30)年から現在の日程に変更された。 北総三大祇園祭のひとつ(他は水海道祇園祭、守谷祇園祭)。
 取手祇園祭には、関東三大神輿(他は東京深川・富岡八幡宮、東京浅草・鳥越神社)の一つとされる大神輿が渡御する。 関東でも屈指の「荒みこし」とされる。担ぎ手は、約80人の若者で、氏子の3町、上町(加美若)、仲町(奈加町)、片町(加多元)が輪番で担当する。 作者は不明だが、1826(文政9)年の作。華美な装飾は無いが、重さは300貫(約1t)とされ、かなりの大きさがある。
 1日は神幸祭。神輿は午後4時、御神霊移しの儀の神事後、町内渡御、御仮屋に安置される。 2日は渡御は無く、御苦労の宴が催される。3日は還幸祭。神輿は午後4時、御仮屋前で手締めの後、町内渡御し神社に戻る。 1日及び3日は、夕方から夜にかけて旧水戸街道の一部が歩行者天国となる。
取手祇園大神輿
取手祇園祭で渡御する大神輿
取手ひなまつり
 2月中旬から3月3日まで、取手市内の店舗などで雛飾りやつるし雛が展示される。また幼稚園児による「ひなパレード」はじめ、縁日などのイベントも行われる。
取手ひなまつり
取手ひなまつりメーン会場、福祉会館の展示
取手ひなまつり新六本店 取手ひなまつり田中酒造店
取手ひなまつり新六本店の展示(左)、同じく田中酒造店の展示(右)
とりで利根川大花火大会
 毎年8月上旬に利根川河川敷の取手緑地運動公園を打ち上げ会場に開催される。
 1930(昭和5)年、現在の取手市と千葉県我孫子市を結ぶ利根川の橋、大利根橋の開通を記念して始まった。 毎年およそ10万人が訪れる。
 午後7時から約1時間30分にわたって約7000発が打ち上げられる。スターマインや尺玉の打ち上げのほか、仕掛け花火「ナイアガラの滝」で知られる。
とりで利根川大花火大会
岡堰せきとめ湖畔から見た花火大会
取手緑地運動公園
 利根川の河川敷にある運動公園。取手市の屋外スポーツ拠点として整備された。 野球場7面(大人用3面、少年用4面)、サッカー場2面、テニスコート10面(全天候4面、クレー6面)などがある(いずれも利用料有り)。 また、園路広場、自由広場、無料開放されているバーベキュー場がある。
 取手市。取手緑地運動公園の地図
取手緑地運動公園
取手緑地運動公園園路広場
取手駅
 JR東日本常磐線の駅。関東鉄道常総線も乗り入れている。 1986(明治29)年開業。茨城県内で最も乗降客の多い駅。また、茨城県内で唯一の特定電車区間の駅。快速電車の始発駅で、常磐線複々線の区間は同駅まで。
 ホーム構成は、1、2番線が各駅停車(綾瀬、北千住、代々木上原方面)、3番線が上り列車(上野、北千住方面)、4、5番線が快速電車(上野、北千住方面)、6番線が下り列車(土浦、水戸方面)、 7、8番線が関東鉄道常総線。1、2番線の各駅停車は、朝夕のラッシュ時のみ運行。綾瀬止まり以外は、北千住から地下鉄千代田線に直通運転する。 関東鉄道常総線は、同駅が始発駅。
 西口にある駅ビルボックスヒルは、1988(昭和63)年10月1日オープン。
関東鉄道常総線取手駅の詳細は関東鉄道常総線・駅へ。
 取手市中央町1−5。取手駅の地図
取手駅西口 取手駅東口
取手駅西口(左)、同じく東口(右)
藤代駅
 JR東日本常磐線の駅。1896(明治29)年12月25日開業。北口のバスターミナルからつくば市方面のバスがある。 常磐線デッドセクション(直流と交流の切り替え)が藤代駅と取手駅の間、藤代駅寄りにある。
 取手市宮和田1131。藤代駅の地図
藤代駅北口
藤代駅北口
藤代駅南口 藤代駅北口バスターミナル
藤代駅南口(左)、北口のバスターミナル(右)
小貝川フラワーカナル
 取手市椚木の小貝川右岸河川敷に約1kmにわたってあるその名の通り「花の運河」。 1987(昭和62)年、地元のボランティア団体「藤代まちづくり協議会」が主体となって河川敷の整備を行い、 以降毎年春にはポピー、秋にはコスモスを中心とした花々を咲かせている。 花の季節には、藤代まちづくり協議会が主催、地元の各種団体が協力し、河川敷でさまざまなイベントが行われている。
 取手市椚木。小貝川フラワーカナルの地図
小貝川フラワーカナルポピー
ポピーが咲く春の小貝川フラワーカナル
小貝川フラワーカナルコスモス
同じくコスモスが咲く秋の小貝川フラワーカナル
小貝川フラワーカナル彼岸花
同じく初秋にはフラワーカナルのコスモスに隣接して彼岸花が咲く
龍禅寺
 米井山無量寿院龍禅寺。天台宗の古刹。取手市内唯一の国指定重要文化財である三仏堂がある=下記参照。924(延長2)年の創建と伝えられる。 平将門公が武運長久祈願のため三仏堂を訪れた時、堂前の井戸から米が噴出したという伝説が残る。ここから米井山、そして地名の米ノ井になったという。 本尊は阿弥陀如来。十一面観音菩薩と地蔵菩薩を脇侍とする。新四国相馬霊場八十八カ所第47番札所、第69番札所。
 新四国相馬霊場の詳細は新四国相馬霊場八十八ヶ所へ。
 取手市米ノ井467。龍禅寺の地図
龍禅寺本堂 龍禅寺山門
龍禅寺本堂(左)、山門(右)
龍禅寺三仏堂
 釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒菩薩の3尊像を祀ることから三仏堂と呼ばれる。国指定重要文化財。 1985(昭和60)年1月から翌年10月にかけて解体修理が行われ、建立当時の姿に復元された。 この時、1569(永禄12)年の銘の木札が発見されたことや建築様式から、16世紀前半の建立と特定された。 寄棟造の茅葺屋根が特徴。正面3間、奥行3間。左右と背面に裳階(もこし=本来の屋根の下につけられた小さな屋根)がつけられている。 内部は外陣と内陣に分かれ、内陣に禅宗様の須弥壇が設けられ、3尊像が安置してある。
 取手市米ノ井467。龍禅寺三仏堂の地図
三仏堂
龍禅寺三仏堂
とりで利根川七福神
 取手市内にある念仏院(福禄寿)、長禅寺(大黒天)、光明寺(寿老人)、普門院(布袋尊)、明星院(恵比寿)、東谷寺(弁財天)、福永寺(毘沙門天)を巡礼する。 朱印を押す色紙が各寺院で販売されている。色紙は500円、朱印料は200円。
長禅寺
 大鹿山長禅寺。臨済宗妙心寺派の寺。931(承平元)年、平将門が勅願所として創建したと伝えられる。本尊は延命地蔵尊。 取手駅東口の樹木の生い茂った小高い丘の上にあり、1950(昭和25)年には茨城百景に選ばれている。 取手大師として知られている。本堂、取手大師(霊山堂)、三世堂、山門がある。 三世堂は1234(文暦元)年、平将門公以来の守本尊である十一面観音菩薩像を安置するため建てられた。 現在の建物は1763(宝暦13)年の建立。外観は2層、内部は3層の「さざえ堂」形式になっている。 1層には守本尊の十一面観音菩薩像と坂東三十三観音霊場、2層が秩父三十四観音霊場、西国三十三観音霊場の各札所の本尊、合わせて100体の観音像が安置されている。 なお、さざえ堂形式は、堂内が途中で交差することなく一巡できるようになっている。国内最古のさざえ堂造りと見られている。 新四国相馬霊場八十八ヶ所第1番、第5番、第88番札所がある。相馬霊場巡りの発願所であり結願札所である。相馬霊場を開いた観覚光音禅師が眠っている。 明治文壇で家庭小説の第一人者・菊池幽芳が、教員として赴任し、この地の女性と恋に落ち将来を誓いあった場所とされる。
 新四国相馬霊場の詳細は新四国相馬霊場八十八ヶ所へ。
 取手市取手2−9−1。長禅寺の地図
長禅寺
長禅寺、取手大師(霊山堂)、新四国相馬霊場第1番札所でもある
長禅寺
長禅寺、三世堂(左)、本堂(右)
念仏院
 取影山念仏院。浄土宗の寺。1627(寛永4)年、照誉了学の開山。真誉隆弁によって再建、中興。本尊は阿弥陀如来。 新四国相馬霊場八十八ヶ所第2番札所。境内には幕末の国学者・沢近嶺の歌碑がある。 利根川を見下ろす高台にあり、「念仏院の暮雪」として取手八景に選ばれている。
 新四国相馬霊場の詳細は新四国相馬霊場八十八ヶ所へ。
 茨城県取手市東2−6−52。念仏院の地図
念仏院
念仏院
光明寺
 無量山宝憧院光明寺。真言宗豊山派の寺。1276(建治2)年、稲に創建。1552(天文20)年、現在地に移った。 本尊は阿弥陀如来。境内に南天の木が数多く植えられ、「南天の寺」とも呼ばれている。 歌舞伎や新劇などで演じられている長谷川伸の戯曲「一本刀土俵入り」ゆかりの寺。一本刀土俵入りは江戸時代の取手宿が舞台。 境内には一本刀土俵入りの碑や作者の長谷川伸の歌碑、歌舞伎で演じた人間国宝中村勘三郎丈の追慕碑などがある。
 取手市桑原1133。光明寺の地図
光明寺 光明寺碑
光明寺本堂(左)、光明寺の境内にある一本刀土俵入りの碑(右)
普門院
 福聚山普門院。真言宗豊山派の寺。1423(応永30)年、、聖尊が井野台に草庵を結んだのが始まりとされる。 1673(延宝元)年、罹災で焼失、翌1674(延宝2)年、再建した。本尊は十一面観世音菩薩。
 取手市井野994。普門院の地図
普門院
普門院
福永寺ふくえいじ
 海中山明星院福永寺。真言宗豊山派。824(天長元)年、海中より出現した毘沙門天を当地に安置したことにはじまる。 関東八十八ヶ所霊場第42番霊場。新四国相馬霊場八十八ヶ所第63番札所。
 関東八十八ヵ所霊場の詳細は関東八十八ヵ所霊場へ。 新四国相馬霊場の詳細は新四国相馬霊場八十八ヶ所へ。 御朱印有。寺院の御朱印は御朱印・寺院も参照。
 取手市小文間4264。福永寺の地図
福永寺 福永寺御朱印
福永寺(左)、関東八十八ヶ所霊場第42番霊場の御朱印(右)
明星院みょうじょういん
 深雪山明星院。真言宗豊山派。本尊の延命地蔵菩薩は、四国八十八カ所の立江寺からの勧請。本堂は1978(昭和53)年の建立。 関東八十八ヶ所霊場第43番霊場。新四国相馬霊場八十八ヶ所第19番札所。
 関東八十八ヵ所霊場の詳細は関東八十八ヵ所霊場へ。 新四国相馬霊場の詳細は新四国相馬霊場八十八ヶ所へ。 御朱印有。寺院の御朱印は御朱印・寺院も参照。
 取手市小文間3911。明星院の地図
明星院 明星院御朱印
明星院(左)、関東八十八ヶ所霊場第43番霊場の御朱印(右)
東谷寺とうこくじ
 明香山観音院東谷寺。真言宗豊山派。本尊は如意輪観世音菩薩。新四国相馬霊場八十八ヶ所第66番札所。 室町時代末、一色宮内少輔政義が小文間城を築城の際、鬼門除けとして建立した。
 新四国相馬霊場の詳細は新四国相馬霊場八十八ヶ所へ。
 取手市小文間5458。東谷寺の地図
東谷寺
東谷寺
東漸寺とうぜんじ
 興隆山寿量院東漸寺。天台宗の寺。1574(天正2)年の創建。観音堂は1667(寛文7)年、仁王門は1690(元禄3)年の建立。 観音堂には行基菩薩作と伝えられる観世音菩薩が祀られており、家運隆昌、除災招福に御利益があるという。 観音堂と仁王門は1981(昭和56)年、取手市指定文化財、2015(平成27)年1月22日、茨城県指定文化財。 また観音堂と仁王門の間には目隠し銀杏と呼ばれる大きな銀杏がある(下記参照)。 なお、観音堂と仁王門は、建立当時の姿に戻すことを目的に修復工事が行われた。 観音堂は2007(平成19)年、仁王門は2010(平成22)年に完成した。
 新四国相馬霊場八十八ヶ所の第70番札所、第71番札所が境内にある。
 新四国相馬霊場の詳細は新四国相馬霊場八十八ヶ所へ。
 取手市本郷3−9−19。東漸寺の地図
東漸寺観音堂 東漸寺本堂
東漸寺観音堂(左)、本堂(右)
東漸寺仁王門 東漸寺鐘楼
東漸寺仁王門(左)、鐘楼(右)
東漸寺の目隠し銀杏
 東漸寺の観音堂と仁王門の間にある銀杏。 目隠し銀杏の名は、その昔、乗馬のまま観音堂の前を通ると必ず落馬したため、観音堂から道が見えないようにと、観音堂と道の間に銀杏が植えられたと伝わる。 推定樹齢620年、樹高約17.5m、目通り幹周り約6.6m。
東漸寺目隠し銀杏
目隠し銀杏、奥の赤い屋根が観音堂
八坂神社
 1626(寛永3)年の創建。祭神は素盞鳴命。古来より牛頭天王を祀っており、天王様と呼ばれている。取手総鎮守。 拝殿は、1832(天保3)年の建立、本殿は1903(明治36)年の再建。一間流造、建物全体に格調高い彫刻が施されている。 彫刻は1906(明治39)年、後藤縫殿之助(ごとうぬいのすけ)、後藤保之助(ごとうやすのすけ)親子の作。 神社前の鳥居は、1707(宝永4)年の建立。
 例祭である「取手祇園祭」は、8月1日からの3日間行われる(上記参照)。 関東三大神輿とよばれる勇壮な大神輿の渡御が特徴の伝統的な祭り。 本殿と拝殿が取手市の文化財に指定されている。
 新四国相馬霊場八十八ヶ所の第3番札所が境内にある。詳細は新四国相馬霊場八十八ヶ所へ。
 御朱印有。御朱印については御朱印・神社も参照。
 取手市東1−2−9。八坂神社の地図
八坂神社 八坂神社御朱印
八坂神社社殿(左)、御朱印(右)
三軒地稲荷神社
 祭神は宇迦之御魂命。天正年間(1573〜92年)、京都・伏見稲荷神社から勧請。住人、服部市左衛門が社殿と社地を提供し祀ったという。 1911(明治44)年2月1日村社。
 御朱印有。御朱印については御朱印・神社も参照。
 取手市宮和田100。三軒地稲荷神社の地図
三軒地稲荷神社社殿 三軒地稲荷神社御朱印
三軒地稲荷神社社殿(左)、御朱印(右)
白山神社
 718(養老2)年の創建という古社。祭神は伊弉諾尊、伊弉冉尊はじめ7柱。 取手市野々井地区の鎮守として信仰されてきた。同地区を開いた長束民部、長束兵部、長束刑部の三兄弟が、加賀国(石川県)の白山より勧請した。 本殿には白山姫尊と十一面観音菩薩像も安置されている。 本殿は、1747(寛延2)年、拝殿は1753(宝暦3)年に建立の棟札がある。 本殿は、一間社流れ造り、三方には中国の物語を伝える彩色の彫刻が施されている。1981(昭和56)年、取手市指定文化財。 社殿は長年の風雨にさらされてきたため痛みが激しく、2004(平成16)年から拝殿と本殿覆屋の改修工事が行われ、2009(平成21)年に完成した。
 新四国相馬霊場八十八ヶ所第62番札所。詳細は新四国相馬霊場八十八ヶ所へ。
 取手市野々井。白山神社の地図
白山神社
白山神社社殿
相馬神社
 祭神は素盞鳴命、木花咲耶姫命。1321(元享元)年6月、八坂神社として創建。 1907(明治40)年、富士神社を合祀。1908(明治41)年5月6日、相馬神社と改める。 元八坂神社は、藤代、宮和田両宿の総鎮守だった。社殿は1855(安政2)年焼失、1867(慶応3)年の再建。 総けやき造り、屋根は銅版葺流造り、向拝柱、三方壁面、脇障子などが彫刻で飾られている。
 取手市藤代388。相馬神社の地図
相馬神社
相馬神社
戸頭神社
 創建は不詳。1352(観応3)年、領主であった時の将軍、足利尊氏が、戸頭郷を香取神宮に寄進し、祭祀料とした。 もとは香取神社として創建された。旧村社。1912(明治45)年、村内の鹿島、八坂、面足、阿夫利の各神社を香取神社に合併、戸頭神社と改称した。 現在の社殿は、1979(昭和54)年8月再建。
 取手市戸頭。戸頭神社の地図
戸頭神社
戸頭神社
郷州坂の桜並木
 郷州坂は、茨城県道328号谷井田稲戸井停車場線の取手市と守谷市の境界付近の取手市側の部分。 桜が道の両側にあり開花時期には桜のトンネルとなる。地元では桜坂と呼ばれている。
 取手市上高井。郷州坂の地図
郷州坂桜
郷州坂の桜並木
常総ふれあい道路の桜並木
 常総市から取手市に至る常総ふれあい道路。取手市のほぼ全域が桜並木となっている。
 取手市。常総ふれあい道路の桜並木の地図
常総ふれあい道路桜並木
取手市野々井付近の常総ふれあい道路の桜並木
桜ケ丘の桜並木
 桜ケ丘地区には、その名の通り多くの桜がある。県道の桜並木は代表的な桜の景観。
 取手市桜ケ丘。桜ケ丘の桜並木の地図
桜ケ丘桜並木
桜ケ丘の桜並木
北浦川の桜並木
 桜ケ丘地区の北浦川沿いに桜並木があり、遊歩道が整備されている。
 取手市桜ケ丘。北浦川桜並木の地図
北浦川桜並木
北浦川の桜並木
大日坂の桜並木
 坂の上り切ったところに大日様が祀られている。
 取手市小門間。大日坂の地図
大日坂桜並木
大日坂の桜並木
岡堰水神岬の桜
 岡堰で出来た堰止湖に突き出してある岬。水神様が祀られていることからこの名がある。 桜があり、加えて筑波山も望める。
 取手市岡。岡堰水神岬の地図
岡堰水神岬桜
岡堰水神岬の桜
さくら荘の桜
 取手市老人福祉センターさくら荘。敷地内には多くの桜がある。花の時期にはライトアップも行われ多くの人たちでにぎわう。
 取手市岡。さくら荘の地図
さくら荘桜
さくら荘の桜
明星院の枝垂桜
 明星院の本堂入口にある枝垂桜。明星院については上記参照。
明星院枝垂桜
明星院の枝垂桜
取手市役所の河津桜
 取手市役所敷地西側斜面にある河津桜。早咲の桜で、現在は開花時期に合わせ市のホームページに開花状況が掲載される。 2002(平成14)年、「取手さくらの会」によって植樹され、2009(平成21)年には市民からの寄贈があった。現在10本の河津桜がある。
 取手市寺田5139。取手市役所の地図
取手市役所河津桜
取手市役所の河津桜
取手市立図書館
 取手図書館とふじしろ図書館がメイン施設。戸頭公民館図書室はじめ公民館図書室がある。蔵書数は合わせて約36万冊。
 取手図書館は、1960(昭和35)年11月取手市中央公民館図書室が開室。1979(昭和54)年7月現在の図書館が取手市立図書館として開館した。 敷地面積約1250平方m、鉄筋コンクリート造3階建て、建築面積約760平方m、延べ床面積は約1530平方m。 ふじしろ図書館は、2003(平成15)年4月、藤代町立ふじしろ中央図書館として開館。敷地面積は約5520平方m。鉄筋コンクリート造3階建て、 建築面積は約1430平方m、延べ床面積約2260平方m。 2005(平成17)年3月、取手市と藤代町の合併に伴い、取手市立取手図書館、取手市立ふじしろ図書館となった。
 開館時間は午前9時30分〜午後6時。月曜日休館(祝日の場合は翌日)。年末年始及び資料整理日休館。いずれも両館共通。
 取手市取手1−12−41。取手市立取手図書館の地図
 取手市藤代415。取手市立ふじしろ図書館の地図
取手図書館
取手図書館
取手市埋蔵文化財センター
 取手市内の文化遺産を保存、活用する施設として1999(平成11)年に開館した。文化財の収蔵だけでなく展示室があり、 主に取手市内の歴史的な資料を展示した企画展が春と夏の年に2回開催されている。
 開館時間は午前9時から午後5時(入館は午後4時30分まで)。土、日、祝日及び年末年始休館。ただし企画展開催中は原則月曜日が休館となる。
 取手市吉田383。取手市埋蔵文化財センターの地図
埋蔵文化財センター
埋蔵文化財センター
桔梗塚
 平将門の愛妾である「桔梗御前」の墓。将門が討たれたと聞き、現在の塚の前まで逃げて来たが、追手につかまりここで殺されたと伝えられる。 常総線稲戸井駅近くの国道294号線沿いにある。
 取手市稲戸井。桔梗塚の地図
桔梗塚
桔梗塚
延命寺
 親王山地蔵院延命寺。真言宗豊山派の寺。本尊は平将門公が信仰していたという延命地蔵菩薩。 1120(保安元)年、紀州・根来の覚鑁上人の夢枕に延命地蔵尊が立ち「我、下総国相馬郡岡村の地蔵なり。我を奉り、供養すれば、 衆生を済度し将門とその一門を救済するであろう」といった。それから10数年後、1134(長承3)年、再び上人の夢枕に延命地蔵尊が立ったため、 上人は東国へ下ったという。1135(保元元)年、岡村の塚でその地蔵尊を見つけ、寺を建立したという。 寺には、平将門公が戦死したときに乗っていた馬を埋めたと伝わる塚「駒形様」がある。風邪をひいたときお参りすると早く治ると伝えられる。
 取手市岡987。延命寺の地図
延命寺
延命寺境内
延命寺の桜
 延命寺境内には大きな桜の木が複数あり、花の時期には境内が桜で埋まる。
延命寺桜
延命寺の桜
大日山古墳
 古墳時代後期とみられる円墳。 岡台地の先端にあり高さ2.8m、底直径約18m。茨城県指定文化財。墳丘上に岡神社が祀られている。 地元では、この古墳が平将門公の墳墓であるとの伝説がある。愛妾・桔梗の住んだ朝日御殿の跡ともされる。 中世以降、大日信仰が盛んになり、板碑や石造仏が建てられたことから大日山と呼ばれるようになったと考えられている。
 取手市岡1179。大日山古墳の地図
大日山古墳
大日山古墳、墳丘上に祀られているのは岡神社
惣代八幡宮
 平将門公生誕の地との説がある。ここは将門公の母の実家があった場所とされる。 創建は807(大同2)年、石清水八幡宮から分霊を勧請したと伝わる。
 取手市寺田。惣代八幡宮の地図
惣代八幡宮社殿 惣代八幡宮鳥居
惣代八幡宮社殿(左)、鳥居(右)
面足神社
 祭神は面足尊。通称大六天。1558(永禄元)年1月創建。1909(明治42)年、豊受神社、愛宕神社を合祀。1920(大正9)年、村社。 1996(平成8)年、火災で創建時からの社殿が焼失。2002(平成14)年12月、社殿再建。 赤松宗旦の『利根川図志』には「第六天山小文間村に在りて」の記載がある。 鳥居下には「西行法師袈裟掛けの松」といわれる巨木の根が昭和初期まで残っていたという。
 神社の周囲の森は、1998(平成10)年、取手ライオンズクラブ30周年記念事業として、整備がスタート。 2000(平成12)年、「ライオンズの森」が誕生した。面積は10187平方m。
 取手市小文間。面足神社の地図
面足神社社殿
面足神社社殿
面足神社眺望 面足神社の森
面足神社境内からの眺望。利根川方面を望む(左)、面足神社の森(右)
金刀比羅神社
 取手は、利根川の舟運で栄えた街。舟運に従事する人たちが、航行の安全などを願い、1781(天明元)年、讃岐(香川県)のこんぴらさんで知られ、 海上交通の守り神として有名な金刀比羅宮から分霊を勧請した。祭神は大物主神、伊弉那岐、伊弉那美の三神。
 境内には新四国相馬霊場を開いた観覚光音禅師を祀る光音堂がある。禅師は晩年を同神社で過ごした。また稲荷神社が祀られている。
 新四国相馬霊場の詳細は新四国相馬霊場八十八ヶ所へ。
 取手市白山。金刀比羅神社の地図
金刀比羅神社社殿
金刀比羅神社社殿
金刀比羅神社光音堂 金刀比羅神社稲荷社
光音堂(左)、稲荷神社(右)
弘経寺
 大鹿山清浄院弘経寺。浄土宗の寺。飯沼(常総市豊岡町)、結城の各弘経寺とともに「関東の三弘経寺」とされる。 本尊は阿弥陀如来。鎌倉時代後期の作とされる。1414(応永21)年、良肇(りょうじょう)が飯沼の弘経寺の分寺として創建。 1947(昭和22)年、火災により古くからの伽藍を失う。現在の本堂は1972(昭和47)年の再建。
 新四国相馬霊場八十八ヶ所の第82番札所が境内にある。詳細は新四国相馬霊場八十八ヶ所へ。
 取手市白山2−9−28。弘経寺の地図
弘経寺本堂 弘経寺鐘楼門
弘経寺本堂(左)、鐘楼門(右)
昌松寺しょうしょうじ
 諏訪山医王院昌松寺。真言宗豊山派。天文年間(1532〜1554年)大鹿城の鬼門除けとして、また城主大鹿氏の祈願寺として井野に創建された。 1676(延宝6)年、現在地に移る。人形供養(毎年10月第三日曜日開催)で知られる。 本尊は阿弥陀如来。また、ペットの供養も行っている。新四国相馬霊場八十八ヶ所の第83番札所がある。
 新四国相馬霊場の詳細は新四国相馬霊場八十八ヶ所へ。
 取手市井野887。昌松寺の地図
昌松寺本堂
昌松寺本堂
昌松寺山門 昌松寺入口
昌松寺山門(左)、参道入口(右)
高蔵寺
 新栄山。真言宗豊山派。本尊は大日如来。元和年間(1615〜24年)の創建という。 取手市指定文化財の薬師如来坐像がある。16世紀後半の作とされ、像高180cm、台座76cm、光背径110cm。 眼病に霊験あらたかとされる。
 取手市藤代411。高蔵寺の地図 
高蔵寺
高蔵寺
高源寺
 普蔵山。臨済宗妙心寺派。931(承平元)年、平将門公の建立と伝わる。最初、真言宗、鎌倉時代に鎌倉・建長寺から住職を迎え臨済宗建長寺派に改宗。 その後、江戸時代に妙心寺派となる。境内にある地蔵ケヤキが広く信仰を集めている(下記参照)。
 新四国相馬霊場八十八ヶ所の第49番札所がある。 詳細は新四国相馬霊場八十八ヶ所へ。
 取手市下高井1306。高源寺の地図
高源寺本堂 高源寺山門
高源寺本堂、手前が地蔵ケヤキ(左)、山門(右)
地蔵ケヤキ
 高源寺の地蔵ケヤキ。樹齢はおよそ1600年と推定されている。樹高15m、幹周り10m。1939(昭和14)年、茨城県指定天然記念物。 幹が空洞となっており、なかには、子育地蔵尊が祀られている。安産、子育てに御利益があるとして、近隣の信仰を集めている。
 取手市下高井1306。地蔵ケヤキの地図
地蔵ケヤキ
地蔵ケヤキ
高源寺の桜
 参道を中心に大きな桜がある。参道は一部桜のトンネルにもなっている。
高源寺桜
高源寺参道の桜
とげぬき地蔵
 江戸時代、この地にとげぬき名人のお婆さんがいた。お婆さんが亡くなるとき、「これからはお地蔵さんがとげをぬいてくれる」 と言い残したことから、地元の人たちが地蔵尊を建てた。すると、とげばかりでなく苦労や不幸もぬいてくれると評判になったという。 今でも広く信仰を集めており参拝者が絶えない。毎月旧暦24日には縁日が開かれている。
 取手市寺田。とげぬき地蔵の地図
とげぬき地蔵
とげぬき地蔵
本多作左衛門重次墳墓
 本多作左衛門重次は、1529(享禄2)年、三河生まれ。徳川家康公はじめ父、祖父と3代にわたって仕えた武将。 「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」の手紙で知られる。 晩年下総国井野村に移り、1596(慶長元)年、この地で亡くなった。墓は高さ1.4m、水輪の直径が45cmの五輪塔。 茨城県指定文化財。菩提寺は取手市青柳の本願寺で、寺には重次の武具や家康公からの拝領品が残されている。この墳墓も同寺が管理している。
 取手市台宿2−3167。本多作左衛門重次墳墓の地図
本多作左衛門重次墳墓
本多作左衛門重次墳墓
山王神社
 祭神は大山昨命。旧山王村村社。現在の拝殿は1996(平成8)年7月の再建。
 取手市山王。山王神社の地図
山王神社
山王神社
岡神社
 大日山古墳の墳丘上にある神社。
 取手市岡1179。岡神社の地図
岡神社
岡神社
井野天満神社
 1573(天正元)年、京都の北野天満宮から分霊を勧請し創建。
 取手市台宿2−6−21。井野天満神社の地図
井野天満神社
井野天満神社
蛟蝄神社 和田
 こうもうじんじゃ。祭神は、罔象女大神(みつはのめのおおかみ)、軻遇突知大神(かぐつちのおおかみ)。 1574(天正2)年、和田民部が氏神として現在の利根町立木に鎮座する式内社、蛟蝄神社を勧請し祀ったという。 和田民部はこの地の開拓に成功、相馬2万石の代官になった。1861(文久元)年、当時の和田村の鎮守として祀られる。
 取手市和田1485。蛟蝄神社の地図
こうもう神社
蛟蝄神社
信楽寺
 安心山務名院信楽寺。浄土宗。本尊阿弥陀如来。天正年間(1573〜93年)、理道の開山という。 山門は四脚門で元禄期(1688〜1704年)の建立。 「絹本金箔地刺繍釈迦涅槃図」は、2010(平成22)年12月14日、取手市指定文化財。
 取手市宮和田393。信楽寺の地図
信楽寺山門 信楽寺本堂
信楽寺山門(左)、本堂(右)
明光寺
 山門は宝暦年間(1751〜64年)の建築。
 取手市中内1050。明光寺の地図
明光寺山門
明光寺山門
高井城址公園
 取手市内に残る最大の城郭遺構。戦国時代後期の城跡を中心とした公園。
 高井城は、相馬氏が築いた城だが、築城年代は不明だが、1336(建武3)年11月22日付の文書に高井の地名がある。 城の規模は約200m四方、標高は21m、小貝川を北に望み、半島状の台地に築かれている。守谷城の支城と見られている。 1590(天正18)年、相馬氏は、豊臣秀吉の小田原攻めで、北条方についたため滅亡、城も廃城となった。
 公園には、城郭遺構が見られるほか、自由広場、散策道、花壇、あやめ園などが整備されている。
 取手市下高井。高井城址公園の地図
高井城址城郭跡 外堀跡
高井城址城郭跡(左)、外堀跡(右)
高井城址公園の桜
 広場を中心に桜がある。
高井城址桜
高井城址公園、自由広場周辺の桜
高井城址公園の河津桜
 高台に河津桜がある。
高井城址河津桜
高井城址公園の河津桜
藤代スポーツセンター
 体育館、野球場、多目的グラウンド、テニスコートのスポーツ施設と市民の憩いの場ともなっているピクニック広場からなる。 体育館は1600平方mのアリーナで、バスケットコートなら2面、バレーコートなら3面とれる。 野球場は12000平方m。センター120m、両翼91mあり、ナイターにも対応、4基の照明がある。 多目的グラウンドは400mのクレイ舗装のトラック、中央部分は10300平方mの広さがあり、サッカーコートとして使用可能。 また、センターは桜(陽光桜)の名所として知られる。
 取手市椚木15。藤代スポーツセンターの地図
ピクニック広場 体育館
藤代スポーツセンターピクニック広場(左)、体育館(右)
藤代スポーツセンターの陽光桜
 陽光桜は早咲きの桜で濃い鮮やかなピンクの花が特徴。ソメイヨシノが開花するころには満開となる。 地元の緑化推進団体が活動の一環として1990年代後半から植樹をしており、グラウンド周囲や堤防沿いなどに順次植えられている。 陽光桜のほかソメイヨシノも植えられている。
藤代スポーツセンター陽光桜
藤代スポーツセンターグラウンド周辺にある陽光桜
岡堰
 小貝川にある堰。農業の灌漑用の堰で、周辺の水田に水を供給している。関東3大堰のひとつ。またキリンビール取手工場もこの堰から取水している。 最初は江戸時代の1630(寛永7)年、関東郡代・伊奈忠治によって建設された。その後、1899(明治32)年にレンガ造りの堰が完成。 さらに1960(昭和35)年に放流固定式の堰が完成。現在の堰は、1996(平成8)年の完成。灌漑面積は取手市の約2272ha。 表郷用水路、裏郷用水路で灌漑される。 また、旧堰(1960年完成の堰)の一部が保存されている。
 小貝川については小貝川へ。
 取手市岡。岡堰の地図
岡堰
上流側から見た岡堰。堰の間からは筑波山が見える
中の島 中の島橋
中の島(左)、中の島橋(右)
岡堰明治 岡堰旧堰
中の島に残されている明治期の岡堰(左)、同じく旧堰(右)
小堀の渡し おおほりのわたし
 大正時代に行われた利根川の河川改修で利根川の南側になってしまった小堀地区への便を図るため渡し舟が運行されたのが始まり。 現在は取手市の市営で運航されている。渡し場は小堀と取手側の取手緑地運動公園駐車場前、JR常磐線鉄橋下の取手ふれあい桟橋の3カ所。 渡し舟は1952(昭和27)年、木造船「さくら丸」が就航。1972(昭和47)年に初代「とりで号」、1989(平成元)年に2代目の「とりで号」 、2020(令和2)年3月1日からは、3代目となる「とりで号」が運行している。
 渡し舟は12人乗り。長さ9.95m、幅3mのアルミ船。料金は1運航経路200円(往復400円)。どの乗り場から乗船しても1周400円で乗船できる。 小堀地区居住者は無料。運行時間は、午前9時から午後5時まで。午後4時35分取手ふれあい桟橋発小堀行きが最終便。
小堀の渡し取手側取手ふれあい桟橋の地図 小堀の渡し取手側の地図 小堀の渡し小堀側の地図
小堀の渡し
小堀の渡し。取手市小堀の渡し場。停泊中の船は2代目の「とりで号」
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