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笠間市

 笠間市は、石岡市の北側、桜川市の東隣に位置する。つくば市とは隣接していないが、筑波山塊がつながっている。 笠間焼と笠間稲荷神社が有名。陶芸の街、石(稲田石)の街として知られる。また、天狗伝説なども残る。 2006(平成18)年3月19日、笠間市と西茨城郡友部町、岩間町が合併して新しく笠間市になった。 人口は79,409人(2010年国勢調査)、面積は240.27平方km。
 旧笠間市は、1955(昭和30)年2月11日、笠間町と大池田村、北山内村、南山内村の1町3村が合併。 さらに、1956(昭和31)年4月10日、友部町の一部を編入、1958(昭和33)年2月25日、稲田町と合併し、市制施行した。 旧笠間市街は、笠間稲荷神社の門前町と思われがちだが、笠間藩の城下町という一面もある。 忠臣蔵で有名な赤穂藩浅野家は、笠間から移ったこともあり四十七士にゆかりの場所がある。 合併前の人口は29,668人(2005年国勢調査)、面積は131.61平方km。
 旧友部町は、1955(昭和30)年1月15日、宍戸町と大原村、北川根村が合併して誕生。 1955(昭和30)年3月31日、鯉渕村の一部を合併した。江戸時代、宍戸町は水戸徳川家の分家である松平氏が治め、宍戸藩1万石の城下町だった。 また、水戸と小山を結ぶ街道筋にあり、交通の要衝として栄えた。 また、友部駅は、水戸線と常磐線の分岐点で、駅前が発達した。 合併前の人口は35,526人(2005年国勢調査)、面積は58.71平方km。
 旧岩間町は、1954(昭和29)年11月23日、岩間町と南川根村が合併して誕生。町西部の愛宕山一帯は、吾国愛宕県立自然公園に指定されている。 合併前の人口は16,303人(2005年国勢調査)、面積は49.93平方km。

稲田石については筑波山麓へ。

笠間稲荷神社
 祭神は宇迦之御魂命(うかのみたまのみこと)。旧社格は村社で、現在は神社本庁の別表神社。 五穀豊穣、商売繁盛、除災招福の神として古くから信仰され、関東はもとより日本各地から年間350万人の参拝客が訪れる。 なお、正月の初詣には約80万人が参拝者に訪れ、茨城県初詣参拝者数第1位。京都・伏見稲荷、愛知・豊川稲荷と並んで日本三大稲荷の一つ。
 創建は、社伝によると、651(白雉=はくち=2)年とされ、1350余年の歴史がある。 奈良時代に編纂された『常陸風土記』には、この地で宇迦之御魂神への信仰が行われたとの記載がある。 別名、「胡桃下稲荷」(くるみがしたいなり)、「紋三郎稲荷」とも呼ばれる。
 江戸時代には、松平、浅野、牧野など、歴代の笠間藩主が崇敬した。そのほとんどが、笠間を離れる祭、その分霊を新しい領地で祀っている。
 本殿は江戸時代末期のもので国の重要文化財。側面に施された彫刻が素晴らしい。また、国道から見える朱塗りの大鳥居は街のシンボルにもなっている。
 仲見世の参道入口には従来、御影石製の鳥居が3つ(手前から一の鳥居、二の鳥居、三の鳥居)あったが、東日本大震災などの影響で倒壊した。 2016(平成28)年3月4日、一の鳥居の再建工事が着工、同年10月9日完成した。鳥居は鉄製で大きさは高さ約10m、幅約12m、「笠間朱色」に塗られている。
 常陸七福神で大黒天を祀る。本殿右側にある聖徳太子を祀った聖徳殿に合祀されている。 常陸七福神については常陸七福神へ。
 御朱印有。御朱印については御朱印・神社参照。
 笠間市笠間1。笠間稲荷神社の地図
笠間稲荷神社拝殿
笠間稲荷神社拝殿
笠間稲荷神社山門 笠間稲荷神社本殿
笠間稲荷神社山門(左)、国指定重要無形文化財の笠間稲荷神社本殿(右)
聖徳殿 笠間稲荷神社手水舎
大黒天を祀る聖徳殿(左)、彫刻が素晴らしい手水舎(右)
笠間稲荷神社鳥居
再建された鳥居(左)、総門(右)
笠間稲荷神社御朱印 笠間稲荷神社大黒天御朱印
笠間稲荷神社御朱印(左)、大黒天御朱印(右)
常陸国出雲大社 ひたちのくにいずもたいしゃ
 出雲大社常陸教会。縁結びの神様として知られる島根県出雲市の出雲大社の分社。1992(平成4)年、出雲大社から分霊を祀った。 この場所が選ばれたのは、出雲大社から長野県諏訪大社を通り、日が生まれる国・常陸国と一直線に結んだ場所であるという。 縁結びのほか開運、商売繁盛、災難除けなどに御利益がある。
 御朱印有。授与は神社社務所。御朱印については御朱印・神社参照。
 笠間市福原2001。常陸国出雲大社の地図
常陸国出雲大社拝殿
常陸国出雲大社拝殿
常陸国出雲大社本殿 常陸国出雲大社拝殿内
常陸国出雲大社本殿(左)、同じく拝殿内(右)
常陸国出雲大社御朱印 常陸国出雲大社御朱印帳表紙 常陸国出雲大社御朱印帳裏表紙
常陸国出雲大社御朱印(左)、オリジナル御朱印帳表紙(中)、同御朱印帳裏表紙(右)
笠間駅
 JR東日本、水戸線の駅。旧笠間市の玄関口。1889(明治22)年1月16日、水戸鉄道(水戸−小山間)の駅として開業した。2面3線のホームがある。
 笠間市下市毛。笠間駅の地図
笠間駅
笠間駅
笠間の菊まつり
 毎年10月中旬から11月下旬にかけ、笠間稲荷神社を主会場に、市内各所でおよそ1万株の菊が展示される。 日本で最も歴史のある菊祭りとして知られ、1908(明治41)年、笠間稲荷神社の当時の宮司が、日露戦争で廃れた人々の心を慰めるため境内に菊を飾ったのが最初という。 100年以上の歴史がある。
 会期中は、菊花品評会や流鏑馬などの催しが開催される。 また、笠間稲荷神社に隣接する笠間稲荷美術館を会場に菊人形展が行われる。毎年、NHKの大河ドラマをテーマに、名場面が菊人形で再現される。
笠間菊飾り
笠間稲荷神社参道前に飾られている菊
笠間菊飾り拝殿左 笠間菊飾り拝殿右
笠間稲荷神社拝殿に飾られているキツネの菊飾り、拝殿左側(左)、同じく拝殿右側(右)
陶炎祭ひまつり
 陶炎祭は、笠間焼の陶芸家や窯元など200軒以上が出店し、 毎年、大型連休の4月29日から5月5日までの7日間に渡って笠間芸術の森公園を会場に開催される陶器の祭典。
 期間中は、笠間芸術の森公園イベント広場にテント村が出来、笠間焼の陶芸家や窯元などが会場のブースで自らの作品を販売するほか、 陶芸家が自らプロデュースした笠間焼の器を使った飲食店があるのも特徴で見所のひとつ。 このほか、「稲田縁日」や野点、企画展が行われるほか、ステージではオークションやフリーライブなどのイベントも開催される。
 1982(昭和57)年5月1日から3日まで、個人作家、製陶所、販売店の有志36人が、芸術村の空き地で第1回を開催した。 最初は手作り感のあるイベントだったが年々規模が大きくなり、1993(平成5)年には現在の陶芸美術館のある場所に会場を移動。 翌1994(平成6)年の第13回から主催が笠間焼協同組合に移行した。 さらに翌年の1995(平成7)年からは現在の笠間芸術の森公園イベント広場に場所を移している。 当初から大型連休中に開催されていたが、現在の4月29日から5月5日までに固定されたのは2000(平成12)年から。
 入場無料。駐車場有。笠間芸術の森公園駐車場だけでなく周辺に多くの臨時駐車場も設けられる。いずれも有料。 JR笠間駅からシャトルバスも運行される(有料)。
 笠間市笠間2345。笠間芸術の森公園イベント広場の地図 
陶炎祭全景
陶炎祭会場、イベント広場のテント村全景
陶炎祭サイン 陶炎祭ステージ
陶炎祭入口サイン(左)、さまざまなイベントが行われるステージ(右)
笠間焼
 関東最古の歴史を持つ。伝統的工芸品 (経済産業大臣指定品)に指定されている。 江戸時代の安永年間(1772〜81年)、箱田村(現笠間市箱田)の久野半右衛門が信楽の陶工、長右衛門の指導で焼き物をはじめ、築窯したことがはじまりとされる。 江戸時代は、笠間藩主の仕法窯として保護された。作風は素朴で、甕、摺り鉢などの日用雑器が中心。 消費地の江戸に近いこともあって栄え、明治初期には19の窯元をかかえる一大産地として知られていた。
 現在は100を越える窯元がある。産地のルールはなく、笠間でつくられた作品は全て笠間焼という珍しい窯業産地となっている。 このため、江戸時代から続く素朴な日用雑器から、前衛的な作品まで幅広い作風が楽しめるのも笠間焼の特徴。
 なお、栃木県の益子焼は、江戸時代に笠間で修行した人が窯を築いたことによりはじまったとされる。
世界最大の陶器
 笠間市下市毛の製陶ふくだに飾られている巨大花瓶。1990(平成2)年4月に第1号の巨大花瓶を製作。大きさは高さ5.4m、直径2m、重さ2.4tだった。 その後製作を進め、7本目として2001(平成13)年12月に完成した花瓶は高さ10.7m、直径2m、重さは6.5tに達した。 一部寄贈したものを除いて、店の前に展示されていたが、東日本大震災の影響で破損してしまい、現在店の前にあるのは、第1号の花瓶のみ。
巨大花瓶
巨大花瓶
笠間芸術の森公園
 茨城の新しい文化の発信基地として、伝統工芸と新しい造形美術をテーマとした公園。総面積54.6ha(現在開園分33.8ha)の広大な土地に、 茨城県陶芸美術館や陶の杜などの施設がある。
 陶の杜は、約3.9haの自然の地形をそのまま利用したヒノキの森に、陶造形作家の作品を展示したもので、森の中で陶芸作品を楽しめる全国でも珍しいコンセプトで設計されている。 見て楽しむだけでなく、直接触れて楽しむこともできる。開園時間 午前8時30分から午後5時まで。
 笠間市笠間2345。笠間芸術の森公園の地図 
笠間芸術の森イベント広場
笠間芸術の森イベント広場を望む
茨城県陶芸美術館
 茨城県陶芸美術館は、陶芸の芸術の向上、地域の振興、そして陶芸文化の新たな拠点として、「ときめく」「識る(しる)」「楽しむ」三つのキーワードをもとに、 人間国宝に指定されている陶芸家の作品など優れた作品を展示するほか、笠間をはじめとする県内陶芸作家の作品、笠間焼の歴史などを紹介している。
 開館時間は午前9時30分から午後5時まで(入館は午後4時30分まで)。月曜日と年末年始は休館。 入館料はコレクション展・現代茨城の陶芸展が大人300円、高大生250円、小中生150円。企画展は、開催内容によって変わるがおおむね大人700円、高大生500円、小中生250円。
 笠間市笠間2345。茨城県陶芸美術館の地図 
茨城県陶芸美術館
茨城県陶芸美術館
笠間工芸の丘クラフトヒルズKASAMA
 笠間芸術の森公園に併設されている。笠間焼を中心とした地場産業振興と、参加体験ができ伝統工芸に触れることができる観光拠点。 展示、工芸用品販売を行う「センタープラザ」、体験研修ができる「ふれあい工房」、情報交換の場としての「創作研究舘」がある。
 笠間市笠間2388−1。クラフトヒルズKASAMAの地図
クラフトヒルズKASAMA
クラフトヒルズKASAMA
茨城県工業技術センター窯業指導所「匠工房・笠間」
 笠間焼の振興、技術者の育成を図るために設置された。現在はニューセラミックスやリサイクル製品などの支援機関として、及び誰もが陶磁器に親しめる施設となっている。
匠工房・笠間の地図
匠工房・笠間
匠工房・笠間
笠間日動美術館
 1972(昭和47)年、東京・銀座にある日動画廊創業者、長谷川仁・林子夫妻により創設された。笠間が長谷川家の郷里であることからこの地が選ばれた。 日本を代表する画商の系列美術館であるため、地方にある美術館としては充実のコレクションを誇っている。 西洋の近代、日本の近・現代の巨匠が描いた絵画を中心に2千点を超す所蔵品がある。 中でも国内外の著名画家によるパレット画コレクションは有名。
 開館時間は午前9時〜午後5時(入館は午後4時30分まで)。月曜日(祝日の場合は翌日)及び年末年始休館。 入館料は大人1000円、大高生700円、中小生300円、65歳以上800円。 春風萬里荘との共通入場券は大人1400円、大高生900円、中小生400円、65歳以上1100円。
 笠間市笠間978−4。笠間日動美術館の地図 
笠間日動美術館企画館側 笠間日動美術館パレット館側
笠間日動美術館企画館側(左)、同じくパレット館側(右)
春風萬里荘
 笠間日動美術館の分館。北鎌倉にあった北大路魯山人の住居を移築した建物。江戸時代の風情ある古民家の趣となっている。 魯山人は料理家でありながら、陶芸をはじめとして幅広い分野で才能を発揮した芸術家でもある。 魯山人の遺品や遺作が数多く残されている。なお、「春風萬里」とは、李白の漢詩にある言葉で、魯山人が好んで用いていた。
 開館時間は午前9時30分〜午後5時(入館は午後4時30分まで)、冬期(12月、1、2月)は午前10時〜午後4時(入館は午後3時30分まで)。 月曜日(祝日の場合は翌日)及び年末年始休館。入館料は大人600円、大高生400円、中小生300円、65歳以上500円。 笠間日動美術館との共通入館券有、上記参照。
 笠間市下市毛1371−1 芸術の村。春風萬里荘の地図
笠間稲荷美術館
 笠間稲荷神社の裏にある美術館。奈良の正倉院を模した高床式の建物が特徴。 信楽、常滑、瀬戸、越前、丹波、備前の六古窯の陶器を中心に展示されている。
 開館時間は午前9時〜午後4時30分(入館は午後4時まで)。入館料は大人300円、学生200円、子供100円。年中無休。
 笠間市笠間1。笠間稲荷美術館の地図
笠間稲荷美術館
笠間稲荷美術館
石の百年館
 JR水戸線の稲田駅に隣接してある地元笠間市の稲田地区で産出される花崗岩「稲田石」の博物館。 サブタイトルに「INADA STONE MUSEUM」とある。
 100年以上に渡って築き上げられた稲田石の歴史を後世に伝えるとともに、未来に向けて100年先の発展につなげることも目的に開設された。 稲田石の専門博物館で、稲田石の特徴や採掘の過程などが紹介されている。博物館は床面積約143平方m、鉄筋コンクリート平屋建て。 外壁には稲田石を使って日本伝統の「杉綾模様」がデザインされている。
 開館時間は午前9時から午後5時(10月から翌年3月までは午後4時)まで。休館日は月曜日(祝日の場合は翌日)及び年末年始。 入館料は無料。
 笠間市稲田2307。石の百年館の地図
石の百年館
石の百年館
佐白山麓公園
 桜の名所として知られる。佐白山の西麓一帯にひろがる。江戸時代には、笠間藩士の屋敷があった場所。 忠臣蔵で有名な浅野家も一時期笠間の城主となっており、公園入口には家老の大石家の屋敷跡も残されている。 1963(昭和38)年には赤穂義士顕彰碑、1972(昭和47)年には、討ち入り姿の大石蔵之助像が建立されている。
 笠間市笠間。佐白山麓公園の地図
佐白山麓公園 大石内蔵助像
山麓公園(左)、大石内蔵助像(右)
旧笠間市立美術館
 1900(明治33)年、明治天皇が笠間に行幸された際、西茨城第一高等小学校に宿泊された。 1950(昭和25)年、当時の笠間町は、建物の一部現在地に移築し「笠間町立美術館」として開館。 1958(昭和33)年、市制施行し「笠間市立美術館」となった。その後、老朽化から美術館としては使用されなくなったが、歴史的建造物として残された。 1995(平成7)年度に修理が行われた。
 笠間市立美術館は、国宝仏の石膏によるコピー仏を展示する美術館として知られた。 コピー仏は、戦後間もなく、市内に住む芸術家からのアドバイスを受けて、当時の根本政太郎町長が制作を決め、3年近くかけて8体が作られた。 1950(昭和25)年、奈良東大寺の北河原公海管長らを招いて、仏の開眼式を行い、開館した。 1953(昭和28)年には奈良の国宝彫刻3点が加わった。その後、コピー仏は笠間市立中央公民館(現笠間市立笠間公民館)に移されている。
 笠間市笠間。旧笠間市立美術館の地図
旧笠間市立美術館
旧笠間市立美術館
笠間つつじ公園
 佐白山麓公園の北側にある。市民の1株運動で造成されたつつじ園。面積は約7万平方m。25種類、8500株のつつじが植えられている。 つつじが咲く4月中旬から5月中旬にかけて、毎年つつじ祭りが開かれている。なお、つつじ祭り期間中は入園料500円。それ以外は無料。
 笠間市笠間616−7。つつじ公園の地図
つつじ公園眺望
つつじ公園からの眺望
つつじ公園 つつじ公園展望台
山頂部のつつじ公園(左)、展望台(右)
坂本九旧宅
 九ちゃんの愛称で親しまれた歌手でタレントの故坂本九さんが第2次世界大戦中、疎開した時に住んでいた家。2歳から6歳まで暮らしていた。 本名・大島九(ひさし)。祖父が現在のかすみがうら市出身。笠間は母の実家があった。 笠間を生涯愛しており、笠間稲荷神社は、女優の柏木由紀子さんと結婚式を挙げた場所。この時は、式後市内をパレードしている。 老朽化で取り壊し寸前だったこの家を、市民の有志が保存に乗り出した。保存のためのイベントが毎年ゴールデンウイークに行われている。
 笠間市。坂本九旧宅の地図
坂本九旧宅
坂本九旧宅
坂本九歌碑
 故坂本九さんの代表曲「上を向いて歩こう」の歌詞が刻まれている歌碑。この曲で、アメリカのヒットチャート・ビルボードで全米1位になった。 現在まで1位となったのは、日本人はもちろんのこと東洋人として唯一。
 笠間市。坂本九歌碑の地図
坂本九歌碑
坂本九歌碑
座頭市の碑
 1960年代から1970年代前半にかけて大ヒットした日本映画、座頭市シリーズ。勝新太郎扮する盲目の座頭、市が諸国を旅しながら超人的な抜刀術で悪人と対峙するという、当時の大人気映画。 その後テレビシリーズにもなった。映画の座頭市は、出身が笠間という設定になっており、それを記念して碑は1978(昭和53)年に、つつじ公園内に建立された。 そのため映画にも笠間やその周辺が登場したことがある。また、1973(昭和48)年に公開された「新座頭市物語 笠間の血祭り」では、笠間がサブタイトルにも入っている。 その縁もあって映画のロケも行われた。
座頭市の碑
座頭市の碑
身がわり観音
 笠間を一望するつつじ公園に建立された巨大観音。1975(昭和50)年4月28日完成。
身がわり観音
身がわり観音
かさまトレイルラン大会
 吾国愛宕県立公園を中心としたコースで行われるトレイルラン大会。笠間市上郷のあたご天狗の森スカイロッジをスタート、ゴールにしている。 笠間市商工会青年部、笠間市商工会主催。
 大会は、ロングコースとショートコースで行われる。 ロングコースは、あたご天狗の森公園をスタート、団子石峠、難台山、道祖神峠、加賀田山、館岸山、泉蔵院、花田地区、 仲通地区、日向内地区、駒場地区を経て団子石峠からあたご天狗の森公園にゴールする約24km。制限時間は5時間。 ショートコースは、同じくあたご天狗の森公園をスタート、団子石峠から難台山、長沢地区、日向内地区、駒場地区を経て、団子石峠から あたご天狗の森公園にゴールする約14km。制限時間2時間30分。
 第3回大会は、2016(平成28)年10月10日(月・祝)開催。
飯田ダム
 涸沼川の支流、飯田川に涸沼川総合開発事業の一環として建設された多目的ダム。1990(平成2)年3月完成。ダムは重力式コンクリートダム。 堤高33m、堤頂長219.5m、湛水面積0.28平方km、総貯水量は2440000立方m、有効貯水量は2240000立方m。 集水面積は直接6.5平方km、間接7.3平方km、合計13.8平方km。 ダム地点の計画高水量を毎秒90立方mから毎秒30立方mに調整し水害の防除を図る。 また、下流域の農地約135haの灌漑や水道用水25920立方m(1日当り)の取水を可能にした。 貯水湖は笠間湖と命名されている(下記参照)。
 笠間市飯田。飯田ダムの地図
飯田ダム 飯田ダム堤防上道路
飯田ダム(左)、堤防上道路(右)
笠間湖
 涸沼川の支流、飯田川に設けられた飯田ダムによって造られた人造湖。面積約0.28平方km。 湖畔には「いばらきヘルスロード」にも指定されてる散策路がある。湖一周焼く4.8km。 また湖畔には野鳥観察施設などもある。
笠間湖
飯田ダム堤防上道路から見た笠間湖
恋人の聖地
 「陶芸の里かさま」として笠間市内全体が恋人の聖地に選定されている。 恋人の聖地は、NPO法人地域活性化センターが主催している「恋人の聖地プロジェクト」の一環。 「プロポーズにふさわしいロマンティックスポット」が選定基準となる。少子化対策、そして地域の活性化につなげる狙い。
 笠間市は、全国で100番目、茨城県内では最初の聖地として2010(平成22)年6月1日選出。
恋人の聖地
笠間芸術の森公園入口にある恋人の聖地のサイン
西念寺
 稲田山。稲田御坊。稲田禅坊西念寺。親鸞聖人ゆかりの寺。浄土真宗の別格本山。 親鸞聖人は、1214(健保2)年、この地の領主の招きで草庵を築いた。 40代前半から60代前半までのおよそ20年間この地で暮らし、常陸国、下野国、下総国への布教の拠点とした。 また、親鸞聖人はこの地で『教行信証』の執筆を始めたとされている。境内にある銀杏の巨樹は茨城県の天然記念物に指定されている。
 御朱印有。御朱印については御朱印・寺院も参照。
 笠間市稲田469。西念寺の地図
西念寺 西念寺御朱印
西念寺の本堂と銀杏の巨樹(左)、御朱印(右)
正福寺
 佐白山正福寺。旧観世音寺。佐白観音として知られる。真言宗単立。旧普門宗。651(白雉2)年の創建とされる古刹。 初めは佐白山上にあった。鎌倉時代初めに徳蔵寺と衝突し、1205(元久2)年、笠間氏初代、時朝によって寺は壊された。 のちに時朝は寺を再興し、正福寺と称した。以後、笠間氏の祈願所として栄えたが、笠間氏の没落とともに寺も取り壊された。 その後、勝福寺として再興され、1686(貞享3)年には再び正福寺となるが、明治の廃仏毀釈で荒廃。 1930(昭和5)年、観音堂(仮本堂)が建てられ観世音寺となった。 2012(平成24)年9月18日、正福寺に再改称した。 本尊の十一面千手観音坐像は鎌倉時代初期の作とされ茨城県の重要文化財に指定されている。 坂東三十三観音霊場第23番札所。関東百八地蔵尊霊場第59番札所(延命地蔵尊)。茨城百八地蔵尊霊場第30番札所(延命地蔵尊)。
 御朱印有。御朱印については御朱印・寺院も参照。 坂東三十三観音霊場については坂東三十三観音霊場も参照。
 笠間市笠間1056。正福寺の地図
観世音寺
正福寺。旧観世音寺
正福寺御朱印 正福寺地蔵尊霊場御朱印
正福寺坂東三十三観音霊場第23番札所御朱印(左)、正福寺関東百八地蔵尊霊場第59番札所御朱印(右)
楞厳寺りょうごんじ
 仏頂山楞厳寺。臨済宗。創建年代は不明。笠間氏初代時朝が鎌倉・建長寺の大拙和尚を招いて中興し、諸堂を再建したという。 以後、笠間氏の菩提寺となった。 茅葺の山門は、室町時代中期の建立とみられ、国の重要文化財に指定されている。 また、本尊の木造千手観音立像(像高2.1m、檜の寄木造り)は、鎌倉時代の仏師・運慶の作と伝えられており、同じく国の重要文化財に指定されている。
 山門は、境内から離れており、楞厳寺に向う道の途中にある。また、境内は仏頂山の麓にあり、森林に囲まれた風情ある寺。
 笠間市片庭775。楞厳寺の地図
楞厳寺山門
楞厳寺山門
楞厳寺本堂 楞厳寺堂
楞厳寺本堂(左)、堂(右)
北山公園
 白鳥湖を中心にした公園。茨城県立笠間自然公園内にある。白鳥湖は農業用の貯水池だったものを整備したもので、茨城の自然百選にも選ばれている景勝地。 湖の周囲には約8kmの遊歩道が張り巡らされている。高さ23mの展望塔や長さ161mのローラー滑り台などもある。 春には桜の名所として知られる。また、園内にはキャンプ場などのレクリエーション施設やあやめ園、しょうぶ園などがある。 白鳥湖を見下ろす小高い山の山頂には北山不動尊が祀られている。 キャンプ場には、キャンプサイト25区画、バーベキュー場屋根付炉13炉、野外炉10炉がある。
 笠間市平町1416−1。北山公園の地図
北山公園 北山公園バーベキュー場
北山公園新池(左)と北山公園バーベキュー場(右)
片庭ヒメハルゼミ発生地
 楞厳寺の裏山一帯が発生地。シイの木材に7月上旬ごろ発生する。 生息の北限とされ、国指定の天然記念物となっている。 ヒメハルゼミは、南方系のセミで、体長は27mm程度。国内のセミでは最小の種類。
 笠間市片庭。ヒメハルゼミ発生地の地図
稲田神社
 創建年代は不詳。祭神は奇稲田姫命。延喜式の名神大社。旧県社。稲田姫神社ともいう。縁結び、安産、身体安全、家内安全などに御利益がある。 鎌倉時代には、領主の笠間氏の崇敬も厚く、建長年間(1249〜56)には、鎌倉歌壇の指導者を招き、歌会を催した記録が残る。 江戸時代の1695(元禄8)年、水戸藩主の徳川光圀公が四神旗を奉納した。現在も社宝として保存されており、茨城県の文化財に指定されている。
 御朱印有。授与は参道一番奥、神社に向かって右側の宮司宅。 御朱印については御朱印・神社も参照。
 笠間市稲田768−1。稲田神社の地図
稲田神社拝殿 稲田神社御朱印
稲田神社拝殿(左)、御朱印(右)
稲田神社本殿 稲田神社本殿
稲田神社本殿(左)、参道(右)
三所神社
 笠間総鎮守。旧村社。祭神は大国主大神、事代主大神、建御名方大神、三穂津姫大神、火之迦具土大神。 平安時代の859(貞観元)年、三穂津姫大神が祀られたのに始まるという。 その後、1215(健保3)年、領主の笠間時朝公が笠間城の鎮守として、宇都宮の二荒山大明神の分霊を勧請。 その時、本殿3殿を建立、本殿中央に二荒山の神である大国主大神を、左脇宮に事代主大神、右脇宮に三穂津姫大神、建御名方大神、火之迦具土大神を祀り、 三社大明神とした。江戸時代には笠間8万石63村の総鎮守とされた。 1819(文政2)年、笠間の大火で焼失、1822(文政5)年、藩主の牧野越中守貞幹公が再建、 本殿を1社とし、内々陣に3社を祀り、社名を三所大明神に改称した。
 御朱印有。八坂神社と一緒のもの。授与は八坂神社社務所。御朱印については御朱印・神社参照。
 笠間市笠間353。三所神社の地図
三所神社拝殿
三所神社拝殿
八坂神社
 祭神は素戔嗚尊。笠間城主笠間時朝公が、下野国小貫郷に祀られていたものを石井村に移した。さらに城下整備のため石井村の住人を 大町に移した際、神社も遷宮した。はじめ三所神社に仮に祀られていたが1649(慶安2)年、現在地に移った。 江戸時代は牛頭天王。笠間の祇園祭は同神社の祭礼。同神社の本神輿は、1958(昭和33)年に新しくされ、当時関東一の大神輿といわれた。 漆塗り金箔張りの風格のある京神輿として知られる。現在でも石井地区まで渡御するのがならわしとなっている。
 御朱印有。三所神社と一緒のもの。授与は神社社務所。御朱印については御朱印・神社参照。
 笠間市笠間344−2。八坂神社の地図
八坂神社拝殿 八坂神社御朱印
八坂神社拝殿(左)、三所神社、八坂神社の御朱印(右)
八坂神社鳥居 八坂神社参道
大通りに面してある八坂神社鳥居(左)、参道(右)
羽梨山神社
 旧郷社。創建年代は不明だが、日本武尊が東征の際、この地で老翁、老婆が山菓を差し入れ、それによって兵士たちには力がみなぎったという。 尊が2人の名を問うと、磐筒男、磐筒女と答えたとされ、凱旋した時、この2人を祭ったのが最初とされる。 806(大同2)年に勅額を賜り、870(貞観12)年従五位上、885(仁和元)年正五位下を授かった記録がある。 祭神は木花咲耶姫。坂上田村麻呂、平貞盛、源頼義、義家親子など名だたる武将が戦勝を祈願したと伝わる。 1542(天文11)年、兵火で焼失、1546(天文15)年、園部大輔と小田政治の戦いで、小田氏の軍が集結したという。 延喜式の名神小社とされるが異説もある。
 笠間市上郷3161。羽梨山神社の地図
羽梨山神社拝殿 羽梨山神社御神木
羽梨山神社拝殿(左)、御神木(右)
羽梨山神社本殿 羽梨山神社鳥居
羽梨山神社本殿(左)、鳥居(右)
佐志能神社さしのうじんじゃ
 創建年代は不詳。佐白山(佐志能山)山頂に鎮座する。佐白山は、ピラミッド状の山で、巨石も多く、もともと山自体が信仰の対象となっていたらしい。 別当寺の観世音寺(佐白観音)の創建が651(白雉2)年とされることから、同神社も同様の歴史を誇るものとされる。祭神は、豊城入彦命、建御雷之神、大國主神。式内社(論社)。旧村社。 建長年間(1249〜1255年)、笠間時朝が、佐白山に笠間城を築くため、下市毛(笠間市)に遷した。 1872(明治5)年、笠間城廃城に伴い、旧社地である佐白山山頂に戻された。社殿は、笠間城の廃材を使っているとされる。また本殿周りの塀には、天守閣の瓦が使われたという。
 笠間市笠間3613。佐志能神社の地図
佐志能神社拝殿 佐志能神社本殿
佐志能神社拝殿(左)、本殿(右)
大井神社
 祭神は、神八井耳命(神武天皇の子で2代綏靖(すいぜい)天皇の兄)。8つの井戸、8つの耳を持つ聡明で慈悲深く、 末広がり七転八起の運を開く大願成就の神という。太郎明神。延喜式小社、大井神社論社。
 神八井耳命は、皇位を弟に譲り、東国統治のため常陸国大井の里に来たという伝説が残る。 同神社は806(大同元)年、勅宣で常陸国那珂郡大井村に建立、大井大明神と呼ばれた。 拝殿扁額には「延喜式内 四所一宮 太郎明神」とある。
 笠間市大渕1652。大井神社の地図
大井神社
大井神社拝殿
城山稲荷神社
 城山出世稲荷神社。城山新左衛門稲荷神社。胡桃下紋三郎稲荷(笠間稲荷神社)、士当原与兵衛稲荷とともに笠間三稲荷の一つ。 祭神は宇迦之御魂命。配神は誉田別命。
 古くから佐白山上に祀られていた。鎌倉時代、領主の笠間時朝公が築城のため、山麓に移したという。 正保年間(1645〜48年)、城主の井上正利公が、居城内に白狐の穴を見つけたことから、同社を居城に移し崇敬したという。 元禄年間(1688〜1704年)、現在地に移った。本殿は江戸時代中期の建立。
 笠間市笠間6−1。城山稲荷神社の地図
城山稲荷
城山稲荷神社
如意輪寺
 三嶋山明星院如意輪寺。天台宗の寺。市原観音として知られる。本尊は如意輪観世音菩薩。
 境内には総本尊如意輪観音、不動明王、毘沙門天、十二支守本尊、ぼけ封じ観音が祀られている中堂、 阿弥陀如来、勢至菩薩、観世音菩薩の三尊が祀られている回向堂(阿弥陀堂)、 十一面観音が本尊で天台大師、伝教大師、慈覚大師、元三大師、徳一上人を祀る祖師堂などがある。
 花の寺として知られ、特に冬牡丹は有名。毎年元旦から1月中旬までボタン園が開かれる。
 関東三十三観音霊場第32番札所。東国花の寺百ヶ寺茨城第4番。
 御朱印有。御朱印については御朱印・寺院も参照。
 笠間市上市原942。如意輪寺の地図
如意輪寺中堂
如意輪寺中堂
如意輪寺回向堂 如意輪寺祖師堂
如意輪寺回向堂(左)、祖師堂(右)
如意輪寺御朱印 如意輪寺東国花の寺御朱印
如意輪寺の御朱印(左)、東国花の寺の御朱印(右)
金剛寺
 箱田山地蔵院金剛寺。真言宗豊山派の寺。本尊は延命地蔵尊。茨城花の寺2番。
 賀海和尚の開山とされる。笠間3ヶ寺として隆盛を極めるが江戸時代には一時無住の時期があった。
 茨城花の寺めぐりの詳細は茨城花の寺めぐりへ。
 御朱印有。御朱印については御朱印・寺院も参照。
 笠間市箱田1778。金剛寺の地図
金剛寺本堂 金剛寺御朱印
金剛寺本堂(左)、茨城花の寺御朱印(右)
養福寺
 松長山成就院養福寺。天台宗の寺。777(宝亀8)年、筑波山を開いた徳一大師が自ら彫った十一面観音を本尊として開基。 813(弘仁3)年、慈覚大師円仁が日光山輪王寺開山の時、本堂と山門を建立し中興となった。 現在は、本堂、虚空蔵堂、書院、山門などがある。
 笠間市大田324。養福寺の地図
教住寺 きょうじゅうじ
 住吉山松林院教住寺。時宗の寺。本尊は秘仏とされる阿弥陀如来(一光三尊阿弥陀如来=善光寺如来)。
 1346(貞和2)年、遊行上人により開山。1648(慶安元)年、水戸徳川家2代、光圀公の命で堂宇が整備される。
 笠間市住吉1183。 教住寺の地図
教住寺
教住寺本堂
笠間城跡
 笠間城は、佐白山頂に築かれた山城。宇都宮氏の総領、頼綱の弟、朝業の子で、初代笠間氏を名乗った笠間時朝(1203〜1265)が築城した。 城域は、鎌倉時代所初期に正福寺と徳蔵寺の争いに介入して占めたものという。笠間氏は、その後390年余続いたが、1590(天正18)年、18代綱家が、本家筋の宇都宮国綱に攻められ滅亡した。 笠間城はその後も歴代の笠間領主の居城として使われた。明治に入って廃城となって解体された。現在、外堀の跡や石垣が残されている。 山頂の天守跡には、佐志能神社がある。また、市内には明治に廃城となった際、移築された門や櫓が残る。
 映画「武士の一分」のロケ地となった。
 笠間市笠間3616。笠間城跡の地図
笠間城石垣
笠間城の石垣
笠間城大手門跡 笠間城天主跡
笠間城大手門跡(左)、天守(主)跡(右)
笠間城櫓
 笠間城にあった八幡台櫓を明治初期、現在地に移築したもの。江戸時代の建築様式を伝えている。 総檜造り、2層2階建て。屋根は入母屋造り、瓦葺き。 笠間城の廃城にともない1880(明治13)年、現在地に移された。真浄寺の七面堂として現在も使われている。 茨城県指定文化財。
 笠間市笠間323。旧笠間城櫓の地図
笠間城櫓
笠間城櫓
笠間城門
 笠間城にあった門を明治時代初期、現在地に移築したもの。薬医門形式の四脚門。切妻屋根、瓦葺き。間口3.95m、奥行1.8m、高さ4.5m、軒張1.2m。 現在も民家の門として使われている。笠間市指定文化財。人が住んでいる民家のため、見学などの際は敷地などに無断で入らないように注意が必要。
 笠間市笠間824。笠間城門の地図
笠間城門
笠間城門
笠間城門
 笠間城にあった門を明治時代初期、現在地に移築したもの。規模、形式は上記の笠間城門と同じ。現在も民家の門として使われている。笠間市指定文化財。 人が住んでいる民家のため、見学などの際は敷地などに無断で入らないように注意が必要。
 笠間市笠間818。笠間城門の地図
笠間城門
笠間城門
旧宍戸城表門
 宍戸藩陣屋表門。茨城県指定文化財。水戸藩の支藩(御連枝)である松平家1万石の陣屋にあった門。 桁行七間半、梁間二間半、入母屋造りの長屋門形式。向かって左に居室2部屋、右に物置。門は1858(安政5)年の再建。明治維新後、現在地に移された。
 笠間市土師622。旧宍戸城表門の地図
旧宍戸城表門
旧宍戸城表門
大石邸址
 忠臣蔵で知られる赤穂藩、浅野家の家老、大石内蔵助良雄(よしたか)の曽祖父良勝(よしかつ)と祖父の良欽(よしたか)が住んでいた屋敷跡。 浅野家は、1622(元和8)年、笠間藩53500石の藩主となった。浅野家は城下町の整備に尽力したとされ、当時、笠間城のあった佐白山山頂付近で行っていた政務を佐白山麓公園付近に下屋敷を建てて移し、 より城下町に近いここで政務を行うことで城下町の発展を促した。浅野家は、1645(正保2)年、赤穂へと国替えとなった。 その後も家老屋敷として使われた。
 笠間市笠間。大石邸址の地図
大石邸址
大石邸址
岩谷寺
 医王山護国院岩谷寺。真言宗智山派。三峰山の北側中腹にある。平城天皇の勅願で建立された。開山は秀悦上人。山門は1771(明和6)年の建立。 本尊の木造薬師如来坐像は高さ約84.8cmで平安時代後期の作、寺宝の木造薬師如来立像は高さ約185cmで1253(建長5)年の銘がある。 両像とも国指定の重要文化財。両像の周囲を12神像が守っている。
 笠間市来栖2696。岩谷寺の地図
岩谷寺山門
岩谷寺山門
岩谷寺本堂 岩谷寺
岩谷寺本堂(左)、堂(右)
東性寺
 松境山弥勒院。807(大同2)年、筑波山を開いた徳一大師の創建と伝えられる。杉の木立に囲まれている。 本尊の木造十一面観世音像は、高さ約105cm、茨城県指定文化財。 茨城百八地蔵尊霊場第29番札所(六地蔵)。
 笠間市手越195。東性寺の地図
弥勒堂
 鎌倉時代初めに創建された功徳山石城寺の弥勒堂。当時は大寺だったが、現在はこの弥勒堂と本尊を安置する収蔵庫があるのみ。 本尊の木造弥勒菩薩立像は国指定の重要文化財。
 笠間市石寺。弥勒堂の地図
愛宕神社
 常磐線の岩間駅を降りると正面にあるのが愛宕山(標高306m)。山頂には日本3大火防神社の愛宕神社が祭られている。創建は806(大同元)年。 祭神は火難除けの神様である火之迦具土命。旧郷社。
 御朱印有。授与は神社守札授与所。御朱印については御朱印・神社参照。
 笠間市泉101。愛宕神社の地図
愛宕神社 愛宕神社御朱印
愛宕神社拝殿(左)、御朱印(右)
愛宕神社天狗面 愛宕神社からの眺望
愛宕神社に奉納された天狗面(左)、愛宕神社の展望スペースからの眺望(右)
飯綱神社いづなじんじゃ
 愛宕神社の奥、一段高いところにある。創建は806(大同元)年、筑波山を開いた徳一大師の開基とされる。 祭神は手力男命。式内社である夷針神社の論社のひとつ。 社殿裏に銅製の六角形神輿形式の奥宮、六角殿がある。六角殿の屋根には鳳凰があり、まさに神輿の外観を持つ。 1824(文政7)年、瓦谷村(石岡市=旧八郷町)雲照寺山主明浄の勧進により建立されたもの。 境内には龍神社、松尾神社などが祀られている。
 笠間市泉。飯綱神社の地図
飯綱神社 六角殿
飯綱神社社殿(左)、六角殿(右)
天狗伝説
 愛宕山には昔、天狗たちが住んだという伝説があり、天狗にまつわる場所も多くある。 飯綱神社の裏、愛宕山の最も奥宮には「十三天狗の祠」という石の祠と六角殿がある。これは、愛宕山に住んでいた十三天狗を祀ったものとれている。
 伝説によると、愛宕山が岩間山と呼ばれていた頃、13人の大天狗、小天狗が住んでおり、厳しい修行で身につけた術で重い病人を救ったり、作物の豊凶を占うなどして、人々から信頼を集めていたという。
 笠間市泉。十三天狗の祠の地図
十三天狗の祠
十三天狗の祠
あたご天狗の森
 愛宕神社、飯綱神社を含めた愛宕山一帯は「あたご天狗の森」として整備されている。宿泊施設のスカイロッジはじめ、ハイキングコース、池や遊具施設などリクレーション施設がある。
 笠間市上郷2775−7。スカイロッジの地図
あたご天狗の森の公園
あたご天狗の森、池と滝
合気神社
 合気道開祖植芝盛平翁が1943(昭和18)年に旧岩間町の吉岡の現在地に合気神社と茨城支部道場を創建。翁は、妻はつと共にこの地に移住し、合気道を完成させた。 世界で唯一の合気道の神社であり、合気道の聖地といわれている。
 合気神社には、開祖植芝盛平翁の守護神である猿田彦大神はじめ43柱の大神が祭られている。例大祭は4月29日。日本全国はもとより、海外からも多くの合気道修行者が訪れる。
 笠間市吉岡27−1。合気神社の地図 
合気神社
合気神社の境内
鳳台院
 国見山鳳台院。曹洞宗の寺。世界最大級の達磨大師像があることで知られる。このほか境内には、笠間市指定文化財の山門や本堂、客殿、五重塔、観音堂などがある。 また、広大な庭園を持ち、5月上旬が見頃という約2万本の石楠花(シャクナゲ)が見られる。拝観料、駐車場無料。
 笠間市箱田2458。鳳台院の地図 
鳳台院達磨
達磨大師像
鳳台院本堂 鳳台院山門
鳳台院本堂(左)、山門(右)
鳳台院五重塔 鳳台院観音堂
鳳台院五重塔(左)、観音堂(右)
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