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行方市

 茨城県行方市は、2005(平成17)年9月2日、同じ行方郡の麻生町、北浦町、玉造町が合併して誕生した。 霞ヶ浦と北浦に挟まれた台地にある。人口は32,185人(2020年国勢調査、34,909人=2015年国勢調査)、面積は222.38平方km。
 旧麻生町は、市域の南側約3分の1を占める。1955(昭和30)年3月31日、麻生町と大和村、太田村、小高村、行方村が合併した。 合併前の人口は16,587人(2000年国勢調査)、面積は60.38平方km。
 旧玉造町は、市域の北側の霞ケ浦に面した西側約3分の1を占める。1955(昭和30)年1月1日、玉造町と立花村、現原村、手賀村、玉川村が合併した。 合併前の人口は13,940人(2000年国勢調査)、面積は51.25平方km。
 旧北浦町は、市域の北側の北浦に面した東側約3分の1を占める。1955(昭和30)年4月1日、津澄村、要村、武田村が合併した。 合併前の人口は10,938人(2000年国勢調査)、面積は54.70平方km。
 旧玉造町とかすみがうら市の間の霞ヶ浦に霞ヶ浦大橋、旧北浦町と鉾田市の間の北浦に鹿行大橋、旧麻生町と鹿嶋市の間の北浦に北浦大橋が架かる。 北関東を東西に結ぶ国道354号が横断しているほか、霞ヶ浦側を南北に国道355号が縦断している。
霞ヶ浦、観光帆曳船、霞ヶ浦湖岸道路、霞ヶ浦大橋、鹿行大橋水郷筑波国定公園へ。
つくば霞ヶ浦りんりんロード及び霞ヶ浦湖岸のサイクリングロードはつくばりんりんロードへ。
霞ヶ浦ふれあいランド 
 「水に親しむ、ふれあい空間」をテーマにした、見て、触れて、科学するテーマパーク。 シンボルでランドマークとなる高さ60mの「虹の塔」や「玉のミュージアム」「親水公園」からなる。 霞ヶ浦を中心とした展示施設「水の科学館」があったが2020(令和2)年3月31日で閉館した。
 虹の塔は、展望フロアからの眺望が最大の特徴。霞ヶ浦や筑波山はもちろんのこと、晴れた日には富士山も望むことが出来る。 さらには、話題の東京スカイツリーも条件がよければ見られる人気スポットだ。 塔の2階には玉のミュージアムがある。もともと霞ヶ浦ふれあいランドが旧玉造町に建設されたこと、水の基本形は球(玉)であることから、いろいろな玉を紹介している。 また、ストラップやキーホルダーなどオリジナルグッズも販売中。
 親水公園は、「ちゃぷちゃぷ池」や「ざぶざぶけいりゅう」などがあり、子供たちの水遊びが可能。
 開館時間は午前9時30分〜午後4時30分。休館日は毎週月曜日(祝日の場合は翌日)と年末。入館料は大人600円、小人300円。 駐車場有、無料。
 行方市玉造甲1234。霞ヶ浦ふれあいランドの地図
虹の塔 水の科学館
虹の塔(左)、水の科学館=現在は閉館(右)
道の駅たまつくり
 国道354号沿いにある休憩施設。トイレや行方市の観光情報などを発信する休憩棟と、霞ヶ浦で獲れた川魚料理を中心に提供するレストラン玉水苑がある。 午前9時〜午後7時まで。駐車場は普通車55台、大型車10台、身障者用2台、無料。
 行方市玉造甲1963−5。道の駅「たまつくり」の地図
道の駅たまつくり
道の駅たまつくり休憩棟
行方市観光物産館「こいこい」
 行方市の観光案内とともに、行方の新鮮な農産物と水産物の販売を行っている。道の駅「たまつくり」の敷地内にある。 特に行方ブランド商品が人気。ご当地バーガーとして2009(平成21)年の発売以来大人気の「行方バーガー」は、霞ヶ浦で養殖された鯰の肉を使ったパティの「なめパックン」はじめ、 茨城県産の豚のメンチによるパティを使用した「ぶたパックン」、霞ヶ浦で養殖された鯉のパティを使用した「こいパックン」、 地元の合鴨を使用、行方市出身の新撰組初代局長「芹沢鴨」にちなみセリなどを加えた「かもパックン」の4種類が販売されている。
 霞ヶ浦ラーメンは、地元の「もち麦麺」と川海老のだし汁を使っている。2012(平成24)年4月6日販売開始。こいこいはじめ行方市内8店舗で販売を開始した。
 また、高級なまず生ハム「湖ふぐ」は、行方の特産。霞ケ浦で育てた鯰を使い、こだわりの漬け汁につけこみ、さらに楢や桜などのチップで燻製した。 動物の肉に比べて、鯰の肉は低カロリー、低脂肪である上に、細胞膜の酸化を防ぎ、老化を防ぐ効果が期待できるという。 天然素材のいもようかん「駅路(うまやじ)」は、特産のサツマイモ「紅あずま」を使用。ようかんには「駅」「鈴」の2文字が刻印されている。 このほか、茨城県の銘柄産地に指定されているみず菜、さつまいも、いちご、エシャレットはじめ、地元の農家が育てた野菜やきのこが豊富に取り揃えられている。 
 行方市玉造甲1963−5。行方市観光物産館「こいこい」の地図
こいこい
行方市観光物産館「こいこい」
霞ケ浦どうぶつとみんなのいえ
 霞ヶ浦ふれあいランド再整備事業の一環として動物とのふれあいや自然との共生 及び地域活性化の機能を持つ施設として整備された。 2024(令和5)年7月31日にグランドオープン。
 触れ合える動物はキリン、アルパカ、ウサギ、カピバラ、ペンギン、ヒツジ、 ヤギ、ナマケモノ、ポニーなど22種約80頭。ポニーの乗馬やおやつあげ などの体験も行える。
 開園時間は午前10時から午後4時(最終受付午後3時30分)。 水曜日定休。入園料金は大人(高校生以上)が1650円(前売り1430円)。 子供(4歳〜中学生)は1100円(前売り880円)、3歳以下無料。
 行方市玉造甲1234。どうぶつとみんなのいえの地図
どうぶつとみんなのいえ
どうぶつとみんなのいえ
霞ヶ浦ふれあいランドの桜 
 霞ヶ浦ふれあいランドの敷地内にある桜。
虹の塔桜
虹の塔と桜
広場桜 水の科学館桜
広場の桜(左)、水の科学館脇の桜(右)
高須崎公園
 行方市観光物産館「こいこい」の国道を挟んで反対側(南側)にある。約4.5haの広大な公園。 芝生公園、木漏れ陽広場、多目的広場、体験農場、交流センターなどがある。 芝生公園ではグラウンドゴルフや様々なイベントも行われる。
 行方市玉造甲。高須崎公園の地図
高須崎公園
高須崎公園
なめがたファーマーズヴィレッジ
 日本初という焼き芋の聖地「やきいもファクトリーミュージアム」を中心とした農業体験型のテーマパーク。2015(平成27)年10月30日オープン。 2013(平成25)年に廃校となった小学校の跡地を活用した。宿泊設備もある。
 やきいもファクトリーミュージアムは、やきいもの歴史などを学ぶ「やきいもミュージアム」、学んで、遊んで、食べられる体験型の工場見学が特徴の「なめがたおいもファクトリー」で構成される。 このほか地元の新鮮な作物を使ったレストランや売店などがある。
 入館料大人(中学生以上)800円、子供(4歳以上)600円。開館時間は午前10時から午後6時(最終受付けは午後3時30分)。 売店などの入館は無料。売店の営業時間は一部を除いて午前10時から午後6時。月曜日定休(祝日は営業)。
 行方市宇崎1561。なめがたファーマーズヴィレッジの地図
なめがたファーマーズヴィレッジ入口
なめがたファーマーズヴィレッジ入口
なめがたファーマーズヴィレッジ なめがたファーマーズヴィレッジ
なめがたファーマーズヴィレッジ旧校庭(左)、同じく旧校舎(右)
天王崎公園
 霞ケ浦にせり出した場所にある公園。湖岸の美しい風景を一望できる。茨城百景にも数えられる景勝地で、筑波山と霞ケ浦の夕景ポイントでもある。 公園にはシンボルとなっている風の塔がある。また公園南側には砂浜が復元されている。以前このあたりは湖水浴場としてにぎわった場所。 水質の汚濁とともに閉鎖されていた。砂浜は霞ヶ浦の水質浄化のシンボルとして復元されたもの。現在ではマリンスポーツを楽しむ人が多い。  駐車場有、無料。
 行方市麻生。天王崎公園の地図
天王崎公園
天王崎公園
天王崎風の塔 天王崎砂浜
天王崎公園風の塔(左)、砂浜(右)
羽黒山公園
 鎌倉時代から戦国時代までの約400年間、この地を支配した麻生氏の居城、麻生城跡に造られた公園。 桜の名所として知られる。自由広場、アジサイ園などがある。公園からの眺望が素晴らしい。また、城跡らしく城郭建築風のトイレもある。
 麻生氏は常陸大掾、吉田大掾家の一族である行方忠幹(ただもと)の孫、家幹(いえもと)が初代。麻生城は家幹が築いた。 土塁や空堀などが残っている。麻生氏は、1584(天正12)年、同族の島崎氏に攻められ滅亡した。
 行方市麻生989−1。羽黒山公園の地図
羽黒山公園
羽黒山公園
羽黒山公園眺望 羽黒山公園トイレ
羽黒山公園からの霞ヶ浦方面の眺望(左)、城郭風のトイレ(右)
羽黒山公園の桜
 公園内には多くの桜がある。桜越しで霞ヶ浦が望める。 桜祭りが行われ、夜はライトアップされた夜桜が楽しめる。
羽黒山公園桜
羽黒山公園の桜、左手に見えるのは霞ヶ浦
西蓮寺
 尸羅度山曼殊院西蓮寺(しらとさんまんしゅいんさいれんじ)。天台宗の寺。 782(延暦元)年、桓武天皇の勅願により伝教大師最澄の高弟である最仙上人の創建と伝えられる。 本尊は薬師如来坐像で、開山最仙上人の作とされ、茨城県内で最も古い木像とされる(茨城県指定文化財)。
 境内には、本尊薬師如来を祀る中堂、阿弥陀如来を祀り「常行三昧会(じょうぎょうざんまいえ)」(下記参照)が行われる常行堂、 そして釈迦如来を祀る客殿(法華堂)はじめ、相輪塔、仁王門などがある。
 相輪塔は、1287(弘安10)年、元寇といわれる弘安の役の戦勝記念に建てられた伝えられている。 高さ9.16m。基壇、塔身、頭部からなり、錫杖の形をしている。基壇は石造、塔身は木芯に銅板鍛造の筒をかぶせている。 頭部は五輪塔形で、大輪に12個の小輪がつけられているほか、一番上は、宝珠に火焔をつけたものとなっている。 1604(慶長9)年、1841(天保12)年、1903(明治36)年などに修理した記録がある 。最近では、塔身が傾斜したことにより1977(昭和52)年に解体修理が行われた。 国の重要文化財に指定されている。比叡山延暦寺、日光山輪王寺の相輪塔とともに日本3相輪塔とされる。
 仁王門は1543(天文12)年に建立されたもので、当初は楼門として造られた。 その後、1790(寛政2)年に山門に造り替えられ、さらに1780(安政7)年、現在地に移され仁王門に改められた。 同じく国の重要文化財に指定されている。
 境内にある大銀杏は茨城県の天然記念物に指定されている。2株あり、いずれの株も樹齢約1000年という。 11月下旬から12月初旬にかけて黄葉、境内が一面黄金色になる(下記参照)。
 常陸七福神の寿老人を祀る。常陸七福神は常陸七福神へ。 延命地蔵尊が祀られており茨城百八地蔵尊霊場第97番札所。霊場の詳細は茨城百八地蔵尊霊場へ。
 御朱印有。寺院の御朱印については御朱印・寺院も参照。
 西蓮寺のさらに詳しい情報は西蓮寺
 行方市西蓮寺504。西蓮寺の地図
西蓮寺仁王門 客殿
西蓮寺仁王門(左)、釈迦如来及び常陸七福神寿老人を祀り実質的な本堂ともなる客殿(右)
中堂 常行堂
本尊薬師如来を祀る中堂(左)、 阿弥陀如来を祀る常行堂(右)
西蓮寺 大銀杏1号株 大銀杏2号株
西蓮寺相輪塔(左)、大銀杏1号株(中)、大銀杏2号株(右)、
西蓮寺御朱印本尊 西蓮寺御朱印寿老人 西蓮寺御朱印寿老人 西蓮寺御朱印寿老人
西蓮寺本尊御朱印(左)、西蓮寺阿弥陀如来御朱印(中左)、西蓮寺地蔵尊御朱印(中右)、常陸七福神寿老人御朱印(右)
常行三昧会
 西蓮寺で9月24日〜30日まで、常行堂において僧侶が7日間昼夜を問わず読経する法要。 行方市指定無形民俗文化財。開闢法要が行われる初日(24日)、中回向(27日)、 結願法要の最終日(30日)のいずれも正午から約20名の僧によってお練行列(客殿と常行堂の間)が行われる。
 常行三昧会は、天台宗独自の法儀で、唐の天台大師から慈覚大師によって比叡山に伝えられ、 その後、寛治年間(1087〜94年)に地元の長者が西蓮寺に移したという。 1000年以上続く法儀で、現在日本国内で唯一行われているという。 また、「仏立て」ともいわれ、宗旨の別なく新仏の供養が行われる。このため近隣近在はもとより遠隔地からも多くの参詣者が訪れる。 期間中は、参道に市が開かれ賑わう。
法要
常行堂での法要
お練行列 お練行列籠
お練行列(左)、同じくお練行列の籠(右)
西蓮寺大銀杏
 西蓮寺境内にある2株の大銀杏。いずれも西蓮寺を開創した最仙上人お手植えとされ、樹齢約1000年という。 茨城県の天然記念物に指定されている。秋には見事な紅葉を見せ、境内を黄色に染める。
 銀杏は1号株、2号株と呼ばれる。相輪塔の近くにあるのが1号株で、幹回り約6m、高さ約25m。 1833(明治16)年の火災で焼け、幹が細くなったという。最仙上人御杖銀杏と伝わる。 2号株は、幹回り約8m、高さ約27m。1917(大正6)年の台風で幹が途中から折れてしまったという。 両株とも老樹の特徴である乳(気根)が見られる。なおいずれも雄株なので実はつけない。
 紅葉は11月下旬から12月上旬にかけて見頃となる。 1号株が11月下旬、2号株が12月上旬と、見頃がずれる。1号株の葉がほとんど落ちた頃、2号株が見頃となる。
西蓮寺銀杏紅葉
紅葉した1号株
西連寺銀杏1号全景 西連寺銀杏2号全景
紅葉時期の1号株全景(左)、同じく紅葉時期の2号株全景(右)
西蓮寺の桜
 西蓮寺の境内には多くの桜がある。国の重要文化財に指定されている仁王門と桜が人気。
西蓮寺門桜 西蓮寺桜
西蓮寺仁王門と桜(左)、境内の桜(右)
西蓮寺の彼岸花
 西蓮寺の境内はじめ、境内南側の谷のようになった場所に多くの彼岸花が咲く。開花時期はその名の通り秋の彼岸から9月の下旬。 同寺では9月24日〜30日まで常行三昧会(上記参照)が行われていることもあって多くの人たちがこの時期訪れる。
西蓮寺彼岸花 西蓮寺彼岸花境内
一面に咲いた西蓮寺の彼岸花(左)、同じく境内の彼岸花(右)
山百合の里
 井上山百合の里。西蓮寺に隣接する井上地区の山林に咲く山百合。花の時期に一般に公開されている。 遊歩道などが整備され見やすくなっており、年によってはイベントなども実施される。。
 行方市井上。山百合の里の地図
山百合の里
山百合の里
万福寺
 雷電山万福寺。天台宗の寺。1186(文治2)年、栄俊法印の建立。本尊は阿弥陀如来立像。
 仁王門は1578(天正6)年に現在の稲敷市小野の逢善寺で建立されたもの。 1724(享保9)年に逢善寺で新たに仁王門を建立することになったため譲り受けたもの。解体して、霞ヶ浦を舟に乗せられ運ばれてきたという。 茅葺の入母屋作りが特徴。茨城県指定文化財。
 阿弥陀堂は、唐和様折衷形式、三間四方の寄棟造。阿弥陀如来立像と観世音菩薩、勢至菩薩の両脇侍像を納めた厨子が安置されている。 阿弥陀堂と阿弥陀如来立像及び両脇侍像はいずれも茨城県の文化財に指定されている。
 行方市羽生745。万福寺の地図
万福寺仁王門
万福寺仁王門
万福寺阿弥陀堂 万福寺本堂
万福寺阿弥陀堂(左)、本堂(右)
大麻神社 おおあさじんじゃ
 807(大同2)年の創建とされる。祭神は、武甕槌命、経津主命、配神は手力男命、大宮姫命、倉稲魂命、市杵島姫命、水速女命の5柱。
 大麻神社例大祭は、麻生の山車曳き祭として有名で10月の第3日曜日を中心にした3日間に渡って行われる(下記参照)。
 行方市麻生1727−23。大麻神社の地図
大麻神社
大麻神社社殿
大麻神社例大祭
 大麻神社例大祭は、行方市麻生地区の祭礼で、10月の第3日曜日を中心にした土、日、月の3日間、 麻生の山車曳き祭と呼ばれるように山車が祭りを彩る。
 行方市麻生地区の下渕(したぶち)、田町(たまち)、本城(ほんじょう)、玄通(げんづう)、蒲縄(かばなわ)の5地区から山車が出て町内を曳き回す。 山車は、飾り物と呼ばれる大きな人形のついた山車で、千葉県香取市の佐原の山車と同じ仕様。 飾り物は、本城が武甕槌命、田町が経津主命、下淵が景行天皇、蒲縄が菅原道真、玄通が桃太郎。
 なお、山車の巡行は初日及び2日目(午前8時から午後10時まで)のみ。3日目は神輿の巡行のみとなる。 土曜日夜には各地区の山車が一堂に会して踊りの競演及び曲曳き、日曜日には同じく各地区の山車が勢ぞろいし総曳き及び年番引継ぎ行事を行う。 また、金曜日夜には前夜祭として山車曳きが行われる。神輿は、初日に年番町の御仮屋まで渡御、最終日に神社に還御する。
 大麻神社例大祭の山車などの詳細は大麻神社例大祭へ。
大麻神社例大祭
踊りの競演に整列した山車
大宮神社 おおみやじんじゃ
 玉造大宮神社。祭神は武甕槌神。
 大宮神社例大祭は、玉造のおまつりとして知られ5月4日、5日の2日間に渡って行われる(下記参照)。
 御朱印有。御朱印は素鵞神社(小美玉市)社務所へ。神社の御朱印については御朱印・神社も参照。
 行方市玉造乙751。大宮神社の地図
大宮神社 大宮神社御朱印
大宮神社社殿(左)、御朱印(右)
大宮神社例大祭
 大宮神社例大祭は、行方市玉造地区の祭礼で、5月4日、5日の2日間で、5日には行方市浜地先の霞ヶ浦湖畔で御浜降りの神事を行う。 2025(令和7)年、行方市指定無形民俗文化財。
 4日、神輿が神社から玉造地区の町内に設けられた御仮屋に渡御。神輿は翌5日、町内を渡御した後、 霞ヶ浦湖畔に向かい御浜降り。もともとは霞ヶ浦に神輿が入ったようだが現在は霞ヶ浦の水を神輿にかけるのみ。 また神輿に加え、猿田彦(天狗)、大鉾が一緒に渡御する。祭りの最後は流鏑馬が行われる。現在は乗馬せず的納めの神事。 山車は上町、本町、諸柄の3地区から出る。 山車の飾り物は、上町が木花咲耶姫、本町が日本武尊、諸柄が聖徳太子。
 大宮神社例大祭の山車などの詳細は大宮神社例大祭へ。
大宮神社例大祭
競演する山車
八坂神社(麻生)
 麻生八坂神社。八坂神社は、1612(慶長17)年、麻生藩主となった新庄氏が麻生藩内24か村の総鎮守として建立した。祭神はスサノオノミコト。同神社の祭礼は勇壮な祇園祭、 馬出し祭が行われることで知られる。
 馬出し祭は、毎年7月の第1土、日に行われる。神輿と馬の対決が勇壮で知られる。スサノオノミコトとヤマタノオロチに見立てた戦いという。 また、霞ケ浦に入り神輿を清めるお浜下りがある。沖まで進み担ぎ手も肩まで水につかるなど、荘厳な儀式が見られる (下記参照)。
 行方市麻生。八坂神社の地図
八坂神社拝殿 八坂神社本殿
八坂神社拝殿(左)、同じく本殿(右)
馬出し祭
 麻生祇園馬出し祭。麻生八坂神社の祭礼。麻生地区の古宿、新田の両区が伝統を伝える。行方市指定無形民俗文化財。2025(令和7)年から馬の暑さ対策もあり7月第1土曜日 と日曜日に開催。それまでは7月の最終土曜日と日曜日行われていた。 ヤマタノオロチに見立てた馬とスサノオノミコトが宿る神輿の激しい戦いが繰り広げられる。
 祭りは江戸時代、麻生藩主が天下泰平と五穀豊穣を祈願して始められたとされ、代々麻生藩の庇護を受け約300年の歴史がある。 また、戦に備えて馬を走らせ鍛錬する目的もあったという。かつては旧暦の6月14,15の両日に行われていた。
 土曜日は宵祭。神輿が古宿、新田の氏子地区を練り歩く。馬と神輿の戦いは日曜日の本祭で行われる。 午後2時から神事の後、参道に神輿、稚児、そして馬が入場。馬が神輿の前で3度回ってから参道を駆け抜け、神輿はその後を追いかける。 これを繰り返す。馬を操る人を「前はんな」といい、祭りの花形とされる。 最後に神輿は馬を追いかけ参道から一気に神社脇の霞ヶ浦湖岸まで駆け下りて御浜降り。これは戦いを終えたスサノオノミコトが「身を沈めるために霞ヶ浦に入る」とされ、 かつては神輿を霞ヶ浦の水につけていた。
麻生祇園馬出し祭 馬出し祭
馬を神輿が追いかける馬出し祭(左)、同じく馬出し祭(右)
馬出し稚児 馬出し浜降り
馬出し祭は稚児が入場して始まる(左)、霞ヶ浦への御浜降り(右)
化蘇沼稲荷神社 けそぬまいなりじんじゃ
 祭神は倉稲魂命。1478(文明10)年、大掾氏が武田郷の鎮守として創建したと伝えられる。 火災により焼失したが、1534(天文3)年、武田通信により再建されている。社殿は行方市指定文化財。
 「関取稲荷」の別名で知られ、境内には土俵もあって、古くから奉納相撲が行われている。 天保年間(1830〜44年)には、秀ノ山雷五郎が奉納相撲を行った記録も残る。 現在は、毎年8月25日の夏祭り(下記参照)に行われている。また、地元の小学生による巫女舞の奉納も行われている。
 境内にあるモミの木は、幹回り約4m、樹高は約16m、樹齢はおよそ360年とされる。行方市指定天然記念物。
 行方市内宿1572−2。化蘇沼稲荷神社の地図
化蘇沼稲荷神社社殿 モミの木
化蘇沼稲荷神社社殿(左)、モミの木(右)
化蘇沼稲荷神社本殿 土俵
化蘇沼稲荷神社本殿(左)、土俵(右)
化蘇沼稲荷神社例大祭
 化蘇沼稲荷神社夏の例大祭。化蘇沼稲荷神社夏祭り。毎年8月25日に開催される。 奉納相撲が行われ、氏子地区から多くの参加があり、かつては氏子地区対抗戦で行われていたが現在は子供の部の学年別と青年の部で行われている。
 例大祭は、修祓の儀に始まる。1946(昭和21)年から始まったという当番地区の小学生から選ばれた巫女舞の奉納がある。 一方奉納相撲は午前中が予選、午後から決勝が行われる。土俵周りには地区別に多くの観客が陣取る。 昼休憩には水郷相撲甚句会による相撲甚句も披露される。このほか境内の一角にはステージが設けられ、プロの歌謡ショーや一般参加の芸能発表がある。
化蘇沼稲荷神社巫女舞 化蘇沼稲荷神社奉納相撲
化蘇沼稲荷神社拝殿前の特設ステージで披露される巫女舞(左)、常設の土俵では多くの観客が見守る中熱戦が繰り広げられる(右)
春日神社(青沼)
 関東地方で唯一、どぶろく製造が認められ、どぶろく祭=下記参照=で知られる。平安時代の初期、809(大同2)年に相賀八郷の総社として、奈良の春日大社から分祀した。
 行方市青沼492−1。春日神社・青沼の地図
春日神社拝殿
春日神社拝殿
春日神社本殿 春日神社鳥居
春日神社本殿(左)、鳥居(右)
どぶろく祭
 青沼春日神社=上記参照=に伝わる。神社の建立を祝うとともに、五穀豊穣を祈って始められた。 毎年11月23日に行われている。祭り参加者に出来たどぶろくが振る舞われる。 行方市指定無形民俗文化財。 以前は、創建日とされる9月28日に酒を醸造して神前に供えていたが、 現在は祝日に開催されている。約200リットルのどぶろくが造られている。 なお、祭り前に税務署の検定を受け酒税を納めている。
どぶろく
どぶろく
太鼓 提灯
祭りで奉納される太鼓(左)、格好いいと評判の青沼の頭文字「あ」の提灯(右)
八坂神社(山田)
 山田祇園祭は同神社の祭礼=下記参照。
 行方市山田。八坂神社・山田の地図
八坂神社山田
山田八坂神社全景
山田祇園祭
 「暴れ神輿」で知られる。神輿を落としたり、叩きつけたり、田んぼや北浦に沈めたりと、 神輿を手荒に扱えば扱うほど神が喜ぶという「荒もみ」を行うことで、五穀豊穣や疫病退散などに御利益があるとされる。 7月最終土日に行われている。
 暴れ神輿の由来は、口伝によると今から300年以上前、素戔嗚命の神輿が北浦の芸津宇田河岸(きつうだかいがん)に 流れ着いたのが始まりという。当時の村人はこの神輿を祀り、祇園祭で思う存分神輿を暴れさせたという。 その祭りも一時期廃れていたが、約40年前に地元の有志により祭囃子保存会が結成され、伝承をもとに復活させたもの。 2019(令和元)年には行方市指定無形民俗文化財となっている。
 祭りは、若衆が、神社の扉を蹴破り、社殿から神輿を出御させることから始まる。 神社を出ると、近くに作られた疫病塚を直ちに破壊。疫病の心配を無くし、神輿は街中を練り歩くとともに 神輿をたたきつけたり、逆さにして地面に打ちつけるなどの「荒もみ」を行う。しばらくすると 神輿が流れ着いた芸津宇田河岸に蓮田に向かい、そこで荒もみを実施、続いて北浦に向かい、 御浜降り、神輿を湖に沈めるなどして荒もみする。そこから上がる時、神輿に鯉がくくりつけられる。 2日目も神輿の「荒もみ:を十分行い、最後に神社に還御する。 両日とも昼夜に山車が出る。2日間とも、昼間は地元を巡行、夜は神輿の渡御終了後、道路の交通規制が行われ山車が登場する。
 行方市山田。八坂神社・山田の地図
山田祇園祭鯉神輿 山田祇園祭神社蹴破り
北浦での「荒もみ」後、鯉をつけた神輿(左)、神輿がある八坂神社の扉を蹴破り神輿を出すことで祭りが始まる(右)
山田祇園祭蓮田 山田祇園祭北浦
神輿が流れ着いたという蓮田での「荒もみ」(左)、同じく北浦に沈めるなどの「荒もみ」(右)
山田祇園祭疫病塚 山田祇園祭逆さ
神社を出た神輿は最初に疫病塚を壊す(左)、逆さにされ地面に打ちつけられる神輿の「荒もみ」(右)
行方の雛まつり
 麻生地区、玉造地区、北浦地区の3会場で2月上旬から3月3日まで開催される。麻生藩家老屋敷記念館、大塲家住宅、霞ヶ浦ふれあいランド、北浦荘、白帆の湯はじめ、 麻生陣屋大通り商店街、玉造中央商店街、繁昌・山田商店街など各地区の商店街の店舗でも雛飾りが展示される。
 また期間中は稚児行列やテント市などのイベントも実施される。
麻生藩家老屋敷雛飾り 麻生藩家老屋敷吊るし雛
麻生藩家老屋敷記念館に展示されている雛飾り(左)、同じく吊るし雛(右)
麻生藩家老屋敷記念館
 江戸時代、麻生藩の家老、畑家の武家屋敷。茨城県指定文化財。記念館として公開されている。 屋敷は、1857(安政4)年に再建されたもの。1890(明治23)年に福田家の所有となり、1991(平成3)年、同家から旧麻生町に寄付された。 旧麻生町では1992(平成4)年に、主屋、表門などの修復を行い、全体整備を行った。主屋は、桁行八間、梁間五間半、寄席棟造り。 正面の式台玄関は、入母屋造りとなっている。茅葺屋根。表門は薬医門で、建築年は不明。
 開館時間は午前9時から午後4時。開館日は木、金、土、日及び祝祭日(年末年始は除く)。入館料無料。
 行方市麻生1153−1。麻生藩家老屋敷記念館の地図
家老屋敷主屋 家老屋敷薬医門
麻生藩家老屋敷主屋(左)、同じく薬医門(右)
沖洲芸術村の桜並木 
 沖洲地区の道路沿いにある桜並木。
 行方市沖洲。沖洲芸術村桜並木の地図
沖洲芸術村桜南
沖洲芸術村の桜並木
沖洲芸術村桜 沖洲芸術村桜北
沖洲芸術村の桜並木(左)、同じく沖洲芸術村の桜並木(右)
天掛の花火
 行方市天掛(あまがけ)地区で、地元住民によって400年以上にわたって連綿と続けられている伝統の花火。
 花火は同地区にある観音寺の8月17日の縁日の日に行われる。 地域で疫病が流行った時、花火が好きだという同寺の本尊・十一面観世音菩薩に奉納したことが始まりという。
 当日は観音寺近くの北浦湖畔を打ち上げ場所に午後8時からおよそ100発、約30分間行われる。
 行方市天掛。観音寺の地図
天掛花火
北浦の湖岸で打ち上げられる天掛の花火(北浦対岸の鹿嶋市から撮影=前後の写真を合成=)
芹澤鴨生家跡
 芹澤鴨は、行方市(旧玉造町)出身で、幕末の京都を震撼させた新選(撰)組の筆頭局長。新選組を創った男などと呼ばれる。 新選組の前身である壬生浪士組は、芹澤がいなかったら誕生しなかっただろうといわれている。 その後、近藤勇と対立、暗殺されてしまった。このため、映画などでは近藤と対立する悪役として描かれることが多い。 生家である芹澤家は、常陸平氏大掾氏の一門。すなわち芹澤は平氏の名門の出ということになる。 芹澤は、同家の三男として生まれ、その後、尊皇攘夷に傾倒し天狗党に加わる。さらにその後、江戸で結成された浪士組に参加し、それが発展し京都で壬生浪士組となる。
 生家は現在も子孫が生活している。
 行方市芹沢477。芹澤鴨生家跡の地図
芹澤鴨生家跡
芹澤鴨生家跡
法眼寺
 芹澤氏の菩提寺。曹洞宗の寺。芹澤鴨の先祖や縁者がこの寺に眠っている。 本尊の不動明王坐像は高さ43cmの寄木造りで1966(昭和41)年、茨城県の文化財に指定されている。 境内に「新選組を創った男 芹澤鴨 平間重助」及び「芹澤鴨が愛したお梅の碑」の顕彰碑が建っている。
 行方市芹沢505。法眼寺の地図
法眼寺本堂
法眼寺本堂
法眼寺山門 法眼寺顕彰碑
法眼寺山門(左)、顕彰碑(右)
熊野神社(島並)
 1394(応永4)年、当時の領主だった島並氏が勧請したと伝えられる。代々の島並氏が庇護しており1581(天正9)年には、島並氏の寄進により社殿が再建された記録が残る。 江戸時代には、麻生藩主新庄氏の崇敬を受けた。現在の本殿は、1659(万治2)年、新庄氏の寄進で再建されたもの。茨城県文化財指定。 神社周辺は神域として保存されていたため、豊かな自然が残っており、島並熊野自然環境保全地域として茨城県から指定を受けている。
 行方市島並。熊野神社・島並の地図
熊野神社島並本殿
熊野神社本殿
熊野神社島並拝殿 熊野神社島並鳥居
熊野神社拝殿(左)、鳥居(右)
橘郷造神社
 祭神は弟橘姫命(オトタチバナヒメノミコト)、木花開夜姫命(コノハナサクヤヒメ)。日本三代実録に記載がある古社。 鎌倉幕府初代将軍の源頼朝がこの地域、橘郷(たちばなごう)を鹿島神宮に寄進。鹿島神領橘郷の鎮守として信仰される。 江戸時代以降は、羽生村村社。本殿は間口1.5間、流れ造り。
 行方市羽生1390。橘郷造神社の地図
橘郷造神社拝殿 橘郷造神社本殿
橘郷造神社拝殿(左)、本殿(右)
中根八幡神社
 祭神は誉田別命。創建不明。一間社流造の本殿は行方市指定文化財。 化粧棟木は、手削削り。「天文7(1538)年2月再営」「寛文4(1664)年4月修営」の棟札が残る。
 行方市中根344−1。中根八幡神社の地図
中根八幡神社社殿 中根八幡神社鳥居
中根八幡神社社殿(左)、鳥居(右)
観音寺
 如意輪山普門院観音寺。天台宗の寺。本尊は阿弥陀如来。 808(大同3)年、満海上人により創建。 1260(文応元)年、律宗の高僧・忍性により中興、現在地に移される。 1351(正平6)年、東範僧正が中興し、この時天台宗に改宗される。 観音堂には、出世観音と呼ばれる「金銅如意輪観音坐像」が祀られている。 これは九州・大宰府の観世音寺から満海上人に託されこの地に祀られたもの。 像高36.3cm、台座を含めた総高は63.9cm、14世紀末の作とされる。 茨城県指定文化財。 仁王門は、1513(永正10)年の建てられたもので、中央の影響を受ける以前の早くから関東地方に伝わった 建築様式で建てられており、いわゆる地方色が残されている貴重なものという。行方市指定文化財。 また、境内にある推定樹齢500年の大椎は、行方市の天然記念物に指定されている。 幹回約6.43m、樹高約18m、枝張り約18m。
 行方市小幡1038。観音寺の地図
観音寺仁王門 観音寺大椎
観音寺仁王門(左)、大椎(右)
観音寺観音堂 観音寺本堂
観音寺観音堂(左)、本堂(右)
観音寺の紫陽花
 観音寺の仁王門から本堂に至る参道はじめ、本堂周辺などに多くの紫陽花がある。
観音寺紫陽花
観音寺の紫陽花
海了寺
 大意山海了寺。1657(明暦3)年、麻生藩3代藩主新庄直好公が、藩主一族と家臣の菩提寺として建立した。 本堂には歴代藩主の大位牌が安置されている。ただし、藩主でこの寺に埋葬されているのは4代直時公のみ。 他の藩主の墓は東京・駒込の吉祥寺にある。
 行方市麻生。海了寺の地図
随願寺
 稲荷山随願寺。天台宗。祀られている木造虚空蔵菩薩坐像は行方市指定文化財。像高役43.5cm。寄木造りで鎌倉時代初期の作とされる。 「行戸の虚空蔵様」として親しまれており、毎年3月13日は、子供たちが干支を一回りする成長をしたことを祝い、御礼の御参りをする「十三参り」でにぎわう。
 行方市行戸781−1。随願寺の地図
随願寺本堂
随願寺
蓮城院
 医王山蓮城院東光寺。天台宗の寺。本尊は阿弥陀如来。1346(貞和2)年、東範上人の開基。 1878(明治11)年から1926(大正15)年まで行方郡役所が置かれていた。
 行方市麻生。蓮城院の地図
蓮城院本堂
蓮城院本堂
一閑寺
 玉松山一閑寺。曹洞宗。本尊は釈迦牟尼仏。1233(天福元)年、玉造城2代城主、平宗政が天福寺として開創。当時は法相宗だった。 室町時代の永禄年間(1558〜70年)に玉造城14代城主、平宗幹が現在地に移し伽藍を整備して曹洞宗に改宗、天寧寺と改めた。その後、玉造城落城などに伴い寺は衰退したが 江戸初期の寛文年間(1661〜73年)、水戸徳川家2代藩主、徳川光圀公は、下総国、総寧寺から一閑和尚を招き寺を再興。1698(元禄9)年、一閑寺と改められた。
 現在の本堂は2011(平成23)年3月の完成。総間口8間5尺、総奥行10間1尺5寸。
 水子地蔵尊が祀られており茨城百八地蔵尊霊場第96番札所。霊場の詳細は茨城百八地蔵尊霊場へ。
 行方市玉造甲4279。一閑寺の地図
一閑寺本堂
一閑寺本堂
常光院
 泰英山常光院。曹洞宗。本尊は釈迦牟尼仏、慈覚大師の作と伝わる。 1440(永享12)年、常陸国国主佐竹16代、佐竹義舜公の開基、開山は現在の栃木県宇都宮市の成高寺、要山玄的大和尚。 1602(慶長7)年、佐竹氏の秋田移封の際、檀徒の中心である家臣十八騎がこの地に残り法灯を守っている。 山門は桃山時代の建築様式を模して造られたという六脚門、屋根は切妻、間口一間半。行方市指定文化財。 本堂は2006(平成18)年の再建。身代わり地蔵菩薩が祀られる地蔵堂は1703(元禄16)年11月3日の建立、 2012(平成24)年に改修された。
 御朱印有。寺院の御朱印については御朱印・寺院も参照。
 行方市小高1201。常光院の地図
常光院山門 常光院御朱印
文化財に指定されている常光寺山門(左)、御朱印(右)
常光院本堂 常光院地蔵堂
常光院本堂(左)、同じく地蔵堂(右)
上羽神社うわはじんじゃ
 祭神は大巳貴命、倉稲魂生命。旧村社。境内に佃煮創業の碑がある。
 行方市粗毛。上羽神社の地図
上羽神社社殿 上羽神社鳥居
上羽神社社殿(左)、鳥居(右)
上羽神社の桜 
 境内に多くの桜がある。
上羽神社桜
上羽神社境内の桜
夜刀神社
 常陸国風土記にある夜刀神伝説が残る。6世紀の初め、この地を開墾しようとしたとき、身体は蛇で角がある夜刀神が現れ耕作の邪魔をした。 この時は神の土地と人間の土地の境界を設け夜刀神を追い払った。このとき建てられたのが愛宕神社という。また、7世紀半ばには、池に堤を築こうとしたとき、 ほとりにある椎の木に登って邪魔をしたが、退治されそうになると逃げて隠れてしまったという。夜刀神は、愛宕神社の隣に祀られている。 神社のある泉地区には当時の集落跡とみられる遺跡がある。
 御朱印有。御朱印は素鵞神社(小美玉市)社務所へ。神社の御朱印については御朱印・神社も参照。
 行方市玉造甲。夜刀神社の地図
夜刀神社 夜刀神社御朱印
夜刀神社(左)、御朱印(右)
椎井池 愛宕神社
椎井池(左)、愛宕神社(右)
玉清井たまきよい
 日本武尊の伝説が残る湧き水。脇には永井戸稲荷が祀られている。 日本武尊が東方遠征の途中、この湧き水に立ちより、水をすくおうとして勾玉を水中に落としてしまった、あるいは勾玉で井戸を清めた、などの言い伝え がある。その伝説から、玉で清めた井戸、玉清井となったという。江戸時代にはこの泉を貯え、溜池として利用、飢饉に備えた。また、同じく江戸時代に妻恋稲荷の分霊を迎え、永井戸稲荷として祀った。 永井戸とは、自然に水が湧き出している場所をいう。
 行方市井上。玉清井の地図
玉清井
玉清井、池の中央に水の湧き出し口があり、その前に日本武尊の像が祀られている
永井戸稲荷 永井戸稲荷鳥居
永井戸稲荷(左)、鳥居(右)
ナーバ流し
 行方市蔵川地区に伝わる奇祭。毎年5月24日に行われる同地区の御船神社の神事で、藁で作った男根、女陰を田植えの終わった神田に奉納、五穀豊穣、子孫繁栄を願う。
 ナーバとは苗束の意。同日午前8時ごろから藁で作り始める。完成すると神田の畦道に2本の青竹をたて、注連縄をはり、その下に男根と女陰を吊り下げる。 また、井戸を意味する井桁も下げられる。生殖の様子を稲苗に見せて、実りをもたらせる意味があるという。
 行方市蔵川。神田の地図
ナーバ流し
ナーバ流し
佃煮創業の碑
 霞ヶ浦一帯の名産となっている佃煮を創業した奥村吉郎兵衛の顕彰碑。 奥村吉郎兵衛は、粗毛(ほぼけ)の人で、明治初期、東京・佃島に出て佃煮の製法を学んだ。 その後郷里に戻り、霞ヶ浦で獲れるハゼなどの淡水魚による佃煮の加工技術を確立した。 それまでは、肥料にしかならなかった霞ヶ浦の淡水魚を、新しい食品として産業を確立した。 1901(明治34)年建立。
 行方市。佃煮創業の碑の地図
佃煮創業の碑
佃煮創業の碑
大塲家住宅
 大塲家は、水戸藩の藩有林を管理する「大山守」を代々務め、庄屋や川守を兼帯したという名家。 大塲家の家屋は、水戸藩初代徳川頼房公が、領内巡視の際、宿舎兼水戸藩南部の藩政事務所として寛永年間(1629〜41年)に建てられた。 武家屋敷造りであることから「御殿」とも呼ばれている。徳川光圀公、徳川斉昭公も宿泊した。 1989(平成元)年、主屋、表門、通用門が茨城県文化財指定。
 行方市玉造甲4533。大塲家住宅の地図
大塲家住宅""
大塲家住宅表門と通用門
三昧塚古墳農村公園さんまいづかこふんのうそんこうえん
 5世紀後半の前方後円墳を中心とした農村公園。古墳は全長85m、後円部径47m、前方部幅36.5m、後円部高さ6m。 発掘調査では、後円部の頂上から約2.7m下に石棺があり、馬形飾付金銅冠をはじめ、太刀、剣、馬具などの副葬品が出土している。 また墳丘には円筒形の埴輪が三重に巡らされていた。平成17)年、古墳復元。
 行方市沖州467−1。三昧塚古墳農村公園の地図
三昧塚古墳農村公園
三昧塚古墳農村公園
常福寺
 常福寺は、京都真言宗新義派三宝院末寺で、1233(天福元)年の開山。 同寺の寺格は高く多くの修行僧が学んでいたとされる。 また、戦国末期には佐竹領となり、佐竹氏の庇護を受け一時期祈願時となった。 天明年間(1781〜89年)の山崩れで堂宇が崩壊、火災にも遭い、山門と仏像を残して焼失した。 現在は山門と近世に建立された堂2棟が残るのみ。 行方市指定文化財の山門は妻入り四脚門様式、当初は茅葺き切妻造り、1999(平成11)年に 解体修理が行われるとともに銅板葺きに改められた。山門は、霞ヶ浦の湖岸にある参道入口の「一の門」と 「二の門」があり、現在残るのは「二の門」という。湖岸から続く参道にあったものを昭和初期に現在地に移転させたという。
 行方市沖州179−1。常福寺の地図
常福寺山門
常福寺の山門
手賀ふれあいの森
 新池とその周辺の保安林を整備した自然公園。2010(平成22)年6月2日開園。2007(平成19)年、保安林の指定を受け、茨城県が周辺12haを生活環境保全林として整備した。 環境学習の場などに活用されている。
 行方市手賀4099。手賀ふれあいの森の地図
手賀ふれあいの森新池
手賀ふれあいの森の新池
手賀ふれあいの森遊歩道 手賀ふれあいの森こもれび森
手賀ふれあいの森、新池周辺の遊歩道(左)、同じくこもれびの森(右)
小牧板峰公園
 通称「行方市恐竜公園」。その名の通りディプロドクスとアンキロザウルスの恐竜復元模型がある。 特にディプロドクスは背中が滑り台となっている遊具でもある。 小牧・板峰農村集落センター脇が駐車場でそこから急な階段を昇ると小高い丘の上に公園がある。
 行方市小牧99−3他。小牧板峰公園の地図
小牧板峰公園ディプロドクス 小牧板峰公園アンキロザウルス
小牧板峰公園のディプロドクス(左)、同じくアンキロザウルス(右)
あそう温泉 白帆の湯
 あそう温泉白帆の湯は、霞ヶ浦の湖畔にある日帰り温泉施設。温泉の泉質はメタケイ酸含有規定泉。神経痛、筋肉痛、関節痛などに効能があるという。 日帰り入浴施設。展望風呂となっており、筑波の湯、富士の湯の名がついており、その名の通り、霞ヶ浦ごしに筑波山や遠く富士山を望むことが出来る。 営業時間は午前10時〜午後9時。一般700円、小人300円、夜間(午後5時以降入館)大人500円、小人200円。 休館日は、毎週水曜日(祝日の場合翌日)。
 行方市麻生421−3。白帆の湯の地図
白帆の湯
白帆の湯
北浦温泉 北浦荘
 北浦温泉の泉質はナトリウム炭酸水素泉。やや茶色がかったお湯が特徴。循環していない源泉かけ流しだが、泉温が低く沸かしているという。 北浦荘は、鹿行大橋のたもとにある日帰り入浴施設。営業時間は午前10時〜午後9時。休館日は、毎週月曜日(祝日の場合翌日)、年末年始。
 行方市山田121。北浦荘の地図
北浦宝来温泉 つるるんの湯 北浦湖畔荘
 北浦宝来温泉の泉質はメタケイ酸含有泉。琥珀色のにごり湯が特徴。美肌効果があるという。 宿泊だけでなく、日帰り入浴が可能で、昼食コース、夕食コースなどが用意されている。 霞ヶ浦、北浦の釣り客に人気がある。
 行方市山田3969。北浦湖畔荘の地図
北浦湖畔荘
北浦湖畔荘
サンセットフェスタIN天王崎なめがたの湖上花火
 行方市麻生の天王崎公園を主会場に10月後半の土曜に開催される花火大会で打ち上げは天王崎公園先の霞ヶ浦湖上に設けられる。 従来8月に開催されていたが、2024(令和6)年、5年ぶりに復活するに合わせて秋開催となった。
 行方市麻生。天王崎公園の地図
なめがたの湖上花火
なめがたの湖上花火、対岸の稲敷市浮島、和田公園付近の霞ヶ浦湖岸から
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