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加波山神社

 日本武尊の東征の際に創建されたとされる加波山山頂に本殿がある加波山神社。 加波山山頂を訪れたことがある人なら、なぜこんなに加波山神社があるのだろうと思った人も多いはず。 それもそのはず、山頂付近には3つの加波山神社の本殿と拝殿が個別にある状態だ。また、里宮も別々にある。
3社ある加波山神社 
 少なくとも江戸時代以前までは、加波山大権現というひとつの神社(当時は神仏混合)として扱われていた。 江戸時代頃には、中宮が文殊院、本宮が正幢院、新宮が円鏡院という寺院が治め、神仏混合の3社に分立。 しかし明治時代になると廃仏毀釈の影響もあり、それぞれが3つの神社として独立した。 現在は、加波山神社、加波山神社本宮、加波山神社親宮と呼ばれる3社。いずれも加波山神社である。 正式には、加波山神社とは、加波山神社中宮あるいは加波山神社天中宮という。加波山神社本宮は、加波山三枝祇(さえなづみ)神社本宮。 同じく加波山神社親宮は、加波山三枝祇(さえなづみ)神社親宮のことをいう。
 また、桜川市(旧真壁町)には、100mぐらい離れた場所に加波山神社(中宮)と加波山三枝祇神社本宮(親宮を合祀)の里宮が別々にある。 石岡市(旧八郷町)には、加波山神社(中宮)の里宮がある。
 由緒も加波山神社(中宮)と加波山三枝祇神社本宮では違っている。加波山神社(中宮)では、中宮が加波山神社天中宮として最初に誕生、その後本宮、新宮(親宮)が出来たとされる。 一方、三枝祇神社本宮では、最初に本宮が誕生、その後、中宮、新宮(親宮)が出来たとされる。
 加波山神社(中宮)が石岡市(旧八郷町)側が中心信仰圏、加波山三枝祇神社本宮、親宮が桜川市(旧真壁町)側が中心信仰圏となっている。 加波山神社(中宮)は、加波山周辺のたばこ農家の信仰も厚く、そのため「たばこ神社」も建立している。 なお、親宮は明治以降独立していたが、現在は本宮が管理しており、本殿、拝殿は別々にあるものの、里宮は合祀されており、一つの神社と見ることもできる。
 そして、修験道の山として知られるのが加波山。江戸時代の国学者、平田篤胤は「岩間山に13天狗、筑波山に36天狗、加波山に48天狗」と記している。 現在でも山伏の修行である「禅定」が行われている。この禅定も、神社ごとに行われており、山中には両神社の禅定用の宿泊施設が別々にある。
神社鳥居
 旧樺穂駅前にある鳥居。鳥居には「大正十五年四月八日建立」の銘がある。鳥居越しに見えるのが加波山
加波山山頂と加波山神社 
 林道丸山線から加波山山頂への林道を登ると、加波山神社(中宮)拝殿前につく。ここは桜川市側からの登山路(親宮路)も通じている。加波山神社の鳥居をくぐると、左に加波山神社(中宮)拝殿が、右に加波山三枝祇神社親宮の拝殿がある。 両拝殿の間が山頂への登山道。それぞれの本殿もこの先にある。ここを登り、尾根づたいに行くと、最初にあるのが、加波山三枝祇神社親宮の本殿。 続いてたばこ神社。その次にあるのが加波山神社(中宮)本殿。しかし、ここは加波山山頂ではなく、その手前(北側)のピーク。さらに進むと加波山三枝祇神社本宮の本殿があり、そこが加波山の山頂。 本殿の向かって左側手前に山頂の三角点がある。さらに尾根づたいに進むと加波山三枝祇神社本宮の拝殿がある。本宮の本殿と拝殿のほぼ中間には、桜川市側からの登山道(本宮路)がある。山の急な斜面に石の階段が設けられている。 なお、筑波連山を縦走する場合は、本宮拝殿の左側から裏に出ると、さらに道が続いており、丸山方面に通じる。途中には加波山事件の旗立石がある。
加波山神社中宮
 祭神は国常立尊(くにとこたちのみこと)、伊邪那岐尊(いざなぎのみこと)、伊邪那美尊(いざなみのみこと)ほか山中に737神を祀る。
 由緒では、第12代景行天皇の時代、日本武尊が東征の際、加波山に登り、三神を祀り、社を建てて加波山天中宮が創建されたと伝わる。 801(延暦20)年、征夷大将軍・坂上田村麻呂が東征に際して戦勝を祈願、806(大同元)年には社殿を寄進したという。 江戸時代には水戸徳川家の崇敬が厚かった。また、明治の神仏分離で、加波山神社に改めた際、水戸藩家老・鈴木石見守重義が初代宮司になっている。 1873(明治6)年、郷社。
 加波山神社は、山頂(正確には山頂北側の頂)にある本殿のほか、山頂近くに標高638mの場所には拝殿が、 山麓の桜川市長岡には真壁拝殿が、石岡市大塚には八郷拝殿がある。 真壁拝殿は、1901(明治34)年に設置された。現在の真壁拝殿に隣接する加波山普明神社拝殿の場所。 現在の真壁拝殿は2005(平成16)年に建立された。八郷拝殿は、1877(明治11)年に建立されている。 なお、加波山ユースホステルを経営している。
 本殿の扁額には「加波山天中宮」と記されている。
加波山神社本殿の地図
加波山神社拝殿の地図
 石岡市大塚(字加波山)2399。加波山神社八郷拝殿の地図
 桜川市真壁町長岡891。加波山神社真壁拝殿の地図
加波山神社本殿
加波山神社の本殿。山頂からはやや北側の頂にある
加波山神社拝殿
加波山神社拝殿。加波山三枝祇神社親宮の拝殿と隣り合っている。その間に山頂に向かう登山道がある。左側の建物は社務所兼ユースホステル
加波山神社八郷拝殿
石岡市大塚にある加波山神社八郷拝殿
加波山神社真壁拝殿
桜川市長岡にある加波山神社真壁拝殿
加波山三枝祇神社本宮
 通称は「加波山神社本宮」。祭神は、伊弉册大神、速玉男大神、事解男大神、このほか火具土命、八雷命、日本武命、庚申神命、猿田彦命など700余神。 加波山神社の山頂に本殿と拝殿があるほか、桜川市真壁町長岡の里宮は、本宮と親宮が合祀されている。
 由緒では、第12代景行天皇41年、日本武尊が東征で、大任を成し遂げ帰途の際、この地に至ったところ、神託により、神祠を建て三神を勧請、 奉祀したのにはじまるという。天照大神の母神である伊弉册大神を祀ることから神母山神社として創祀されたとも伝わる。社殿は768(神護景雲2)年に建立されたのが最初とされる。 その後、戦火などにより焼失するも、そのたびに再建され、1546(天文15)年8月には、「加波山三枝祇社壇」と記された真壁城主寄進の改築記念額が残されている。 1820(文政3)年には正一位の宣旨を受けている。加波山三社の首座、加波山信仰の総本山としている。
 なお、加波山の山頂に鎮座しているのは、加波山神社本宮の本殿である。本殿の前に加波山山頂の三角点がある。 本宮本殿の扁額には「加波山大神社」と記されている。
加波山三枝祇神社本宮本殿の地図
加波山三枝祇神社本宮拝殿の地図
加波山三枝祇神社本宮本殿
加波山三枝祇神社本宮の本殿。この本殿に場所が加波山の山頂
加波山三枝祇神社本宮拝殿
加波山三枝祇神社本宮の拝殿。本殿とは向き合うように建てられている。旗立て石の方から登ると、この拝殿の裏に来る
加波山三枝祇神社親宮
 通称は「加波山神社親宮」。祭神は、伊荘册命、速玉男命、事解男命、火具土命、八雷命、日本武命、庚申神命、猿田彦命。 加波山神社(中宮)の拝殿と隣り合って拝殿がある。拝殿から登山して最初の社殿が親宮本殿である。
加波山三枝祇神社親宮本殿の地図
加波山三枝祇神社親宮拝殿の地図
加波山三枝祇神社親宮本殿
加波山三枝祇神社親宮の本殿。加波山三枝祇神社親宮の拝殿と加波山神社中宮拝殿の間の階段を登って最初にある
加波山三枝祇神社親宮拝殿
加波山三枝祇神社親宮の拝殿。加波山神社中宮拝殿と隣り合っている
加波山三枝祇神社里宮
 加波山神社の本宮と親宮が合祀されている。里宮では、毎年冬至の日に、火渡祭が行われる。 境内には加波山五社稲荷社、天狗社などが祀られているほか、加波山からの小川が流れている。
 桜川市真壁町長岡809。加波山三枝祇神社里宮の地図
加波山神社本宮・親宮里宮
桜川市長岡にある加波山神社本宮・親宮の里宮
加波山本宮天狗社 加波山本宮五社稲荷
境内にある天狗社(左)、同じく加波山五社稲荷神社(右)
加波山神社本宮・親宮里宮鳥居
加波山三枝祇神社里宮鳥居
加波山慎岳不動 加波山手水舎
境内を流れる樺穂不動沢沿いに祀られている慎岳不動尊(左)、手水舎(右)
火渉祭ひわたりさい
 毎年冬至の日に、加波山三枝祇(さえなずみ)神社本宮・親宮(加波山神社本宮・親宮)の里宮境内で行われる。 薪の上を素足で踏み渉り無病息災を祈る。このときの燃えさしを持ち帰り軒先に吊るしておくと病気にならないと言われている。
 正午から拝殿にて神事。午後12時30分ごろから火渉りをする薪の前で神事を行い、午後1時ごろ薪に着火する。
火渉祭 火渉祭
燃え盛る薪の間を渉る先達(左)、火に祈りを捧げる先達(右)
火渉祭祈願 火渉祭着火
祭壇の前で祈祷から始まる(左)、大量の薪に着火(右)
たばこ神社
 加波山山頂近くに祀られている。 創建は1957(昭和32)年。祭神は草野姫命(かやひめのみこと)、八雷神(やいかづちのかみ)、大己貴命(おおなむちのみこと)。 1954(昭和29)年、旧友部町(現笠間市)の葉たばこ農家がひょう害を受け困っていた。 加波山神社に祈願したところ、ひょう害を受けたとは思えないほど回復し豊作となった。 その御礼として大きなきせるを奉納、祈祷を行ったことがきっかけとなり、たばこ神社が祀られた。 加波山神社中宮が神事を行っている。加波山周辺では、たばこ農家が多かったことから広く信仰を集めている。
 御神宝の巨大キセルは、貴金属メーカーとして知られる石福金属興業(株)の製造。 同社は、1718(享保3)年創業の「村田キセル」が前身で、村田の名前はキセルの代名詞のような存在だったが、 時代の変化により、キセル製造が事業として成り立たなくなったことから、「たばこ神社」の創建を知り、 最後の仕事として巨大キセルの製造を行い、1964(昭和39)年、奉納したもの。 キセルは真ちゅう製で、長さ約2.6m、重さ約60kg。神社の御神宝される。 雁首の直径25cm、吸い口の直径28cm。日本一の大きさを誇るという。
 巨大キセルを担ぎ上げる「きせる祭」が毎年9月の第1日曜日に行われる(下記参照)。
たばこ神社の地図
たばこ神社 日本たばこ産業 茨城県たばこ耕作組合
加波山神社親宮本殿と加波山神社中宮本殿の間にあるたばこ神社(左)、 玉垣には日本たばこ産業株式会社(中)、茨城県たばこ耕作組合(右)の名前がある
きせる祭
 葉たばこの豊作を祈願する祭り。たばこ神社の祭礼。加波山神社により執り行われ、地元のたばこ農家や日本たばこ産業関係者などが参加する。 毎年9月5日に開催されていたが、2012(平成24)年から9月の第1日曜日に変更となった。
 きせる祭りは、巨大キセルが山頂近くにある加波山神社拝殿前に安置される。 午前11時から「火切り」の神事。キセルの雁首に刻みたばこを詰め、神官が昔ながらの方法で火をおこし、これに火をつける。 このキセルを山頂近くにあるたばこ神社まで担ぎ上げる。たばこ神社に到着すると、この巨大キセルや本物の葉たばこをつけた大麻(おおぬさ) を前に再び神事が行われ、葉たばこの豊作を祈願する。
きせる祭 きせる祭
きせる祭の見せ場となる登山道の巨大キセル担ぎ上げ(左)、担ぎ上げた巨大キセルを神前に奉げたばこ神社前での神事(右)
きせる祭 きせる祭
加波山神社拝殿で古来の方法での火熾しする神職(左)、その火を巨大キセルに点火する神職(右)
加波山普明神社
 明治時代、最後の仙人と言われた国安普明を祀る神社。本殿は加波山中腹にある。桜川市真壁町長岡にある社殿は拝殿。 もと加波山神社真壁拝殿。隣接地に新拝殿が造られたことから、旧拝殿が普明神社の拝殿となった。
 桜川市真壁町長岡。加波山普明神社の地図
加波山普明神社拝殿 加波山普明神社
加波山普明神社社殿(左)、鳥居、左側の建物がたばこ資料館(右)
たばこ資料館
 加波山普明神社の境内にある。1975(昭和50)年開館。きせる祭りで使われる巨大なキセルなどがある。
 桜川市真壁町長岡。たばこ資料館の地図
たばこ資料館
たばこ資料館
御朱印
 御朱印は、加波山神社が里宮と奥宮、加波山三枝祇神社本宮、加波山普明神社がある。
 加波山神社桜川里宮の御朱印は、霊峰加波山総本宮 加波山神社 桜川里宮 日付の文字と加波山神社遥拝所などの朱印が押されている。 授与は桜川市真壁町長岡の桜川里宮神社社務所で。奥宮の御朱印は加波山神社拝殿社務所で。
 加波山三枝祇神社本宮の御朱印は、奉拝 加波山神社本宮 日付の文字と加波山本宮璽の朱印が押されている。 授与は桜川市真壁町長岡の里宮神社社務所で。
 加波山普明神社の御朱印は、普明神社、日付の文字と茨城県普明神社加波山の朱印が押されている。 授与は加波山神社桜川里宮の神社社務所。
 桜川市内や周辺神社の御朱印については御朱印・神社へ。
加波山神社里宮御朱印 加波山神社本宮里宮御朱印 加波山普明神社御朱印
加波山神社桜川里宮の御朱印(左)、加波山三枝祇神社本宮の御朱印(中)、加波山普明神社の御朱印(右)
加波根不動明王神社
 寝不動尊。加波山の桜川市側登山道入口にある神社。 昔、加波山中腹にあった石像の不動明王像が大水で流出、それが埋まっていた場所という。大願成就の神様として広く信仰を集めている。 社殿は、1990(平成2)年12月、火事で焼失、翌1991(平成3)年11月再建された。
 境内は、加波山の登山道親宮路の分岐点となっている。
 桜川市真壁町長岡。加波根不動明王神社の地図
加波根神社社殿 加波根神社鳥居
加波根不動明王神社社殿(左)と参道入口の鳥居(右)
文殊院
 加波山文殊院。真言宗豊山派。江戸時代までは加波山神社(中宮)の別当寺として宮寺一体で栄えた。明治に入り神仏分離された。
 石岡市大塚。文殊院の地図
文殊院
文殊院
加波山神社本宮・親宮の里宮の桜
 加波山神社本宮・親宮の里宮の境内には、多くの桜が植えられており、春には桜が一面に咲いている。
加波山神社本宮・親宮里宮の桜
加波山神社本宮・親宮の里宮の桜
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