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牛久市

 つくば市の南東隣に位置する。旧茎崎町は、位置的にも近く経済面などでつながりが深い。 1954(昭和29)年4月1日、旧牛久町と岡田村が合併し牛久町となった。1955(昭和30)年2月10日、奥野村を編入合併。 1957(昭和32)年阿見町の一部を編入した。 1986(昭和61)年6月1日、人口増により、市制を施行した。人口は81,684人(2010年国勢調査)、面積58.88平方km。
 古くは、小田氏の一族である岡見氏が牛久沼北側に牛久城を構え本拠とした。江戸時代には、牛久藩山口氏1万5千石の城下町、そして水戸街道の宿場町、牛久宿として栄えた。 東西に幅広く、西側を常磐線と国道6号が南北に縦断、国道408号が東西に横断しているほか、圏央道の牛久・阿見インターチェンジが阿見町との境界にある。 JR牛久駅を中心に市街地が形成されている。つくば科学博の玄関口となった、万博中央駅は「ひたち野うしく駅」となり、周辺が再開発されている。 なお、牛久市の名前の由来ともなっている牛久沼は、住所では全域が隣市の龍ケ崎市。 牛久沼の名前の由来は、龍ケ崎市の金龍寺に昔話として伝わっている。 それによると、「昔、怠け者の小僧が牛になってしまい、沼に身を投げた。そこから、『牛を食う沼』、『牛食った沼』、そして『牛久沼』になった」という。
牛久沼龍ケ崎市及び つくば市の河川・橋・池・沼へ。
小川芋銭
 小川芋銭は、明治期から昭和初期にかけて活躍した日本画家。1868(慶応4)年3月11日、牛久藩士の子として江戸の牛久藩邸で生まれた。本名は小川茂吉。廃藩置県後は牛久に戻り帰農。 農業のかたわら画業を続けた。川端龍子らと珊瑚会を結成、横山大観に認められ日本美術院同人。河童の絵を多く残しており「河童の芋銭」として知られた。また、『牛里』の号で俳人としても活動、野口雨情らと交流があった。 1938(昭和13)年12月17日、自宅の雲魚亭で死去。
雲魚亭
 雲魚亭は、小川芋銭のアトリエ兼居宅。最晩年を同地で過ごした。 1937(昭和12)年9月、芋銭夫人と長男によって新築された。9月末から住んだが、翌年1月に脳溢血で倒れ、同年12月に亡くなるまで、ここで療養した。 現在は、小川芋銭記念館として一般に公開されている。室内の開館は土、日、祝日のみ。 開館時間は4月〜9月が午前9時〜午後5時、10月〜3月が午前10時〜午後4時。平日は屋外の見学のみ。月曜日休館。 入場料無料。無料駐車場有。
 牛久市城中町2770−1。雲魚亭の地図
雲魚亭
雲魚亭
河童の碑
 河童の碑は、雲魚亭の程近い場所に建てられており、芋銭の生前の数々の偉業を讃えるため、1951(昭和26)年に芋銭の友人、 池田竜一氏が中心となって建立された。描かれている河童の絵は、元帝国美術展審査員の中村直人氏の筆によるもの。 正面右側の『誰識古人画龍心(だれかしるこじんがりゅうしん)』の文字は、何故河童を描くのかとの問いかけに芋銭が答えた言葉。 無料駐車場有。
 牛久市城中町2717。河童の碑の地図
河童の碑
牛久沼を見渡す高台にある河童の碑
河童松
 カッパ松。雲魚亭の牛久沼側にある。伝説では、牛久沼に住むカッパに、村の若者が水のなかに引き込まれ、溺れて死んでしまうことが多くあった。 そこで、村一番の屈強な若者がカッパを退治することになった。ある日、この若者は水辺で昼寝をしているカッパを見つけ、取り押さえ、松にくくりつけて殺そうとした。 ところが、このカッパがあまりに泣いてわびるので、2度と悪事をしないことを約束させ離してやったという。それ以降、牛久沼でカッパに引き込まれることは無くなったとされる。 河童松は、この時カッパを縛り付けた松という。
 牛久市城中町。河童松の地図
河童松
河童松
小川芋銭研究センター
 小川芋銭研究の中核施設として、2008(平成20)年7月1日、小川芋銭の旧宅、草汁庵で開所した。 その後事業の拡大などに伴い、2009(平成21)年6月1日、現在地に移転した。芋銭関連書籍などを豊富に揃えている。 調査研究室・閲覧室などが設けられている。「小川芋銭検定」などを主宰している。 開館日は月曜〜金曜。休館日は毎週土曜、日曜と毎月第2、第4月曜日(月曜が休日の場合は翌日)。開館時間は、午前9時〜午後5時。
 牛久市城中町1888。小川芋銭研究センターの地図
牛久大仏
 最も牛久で有名といっていいのが牛久大仏。テレビにもたびたび登場している。ギネスブックも公認する青銅製仏像では世界一の高さ120m(像本体100m・台座20m)の大仏。 正式名称は牛久阿弥陀大佛。浄土真宗東本願寺派(本山:東京都台東区浅草・東本願寺)の霊園「牛久浄苑」内に造られている。東本願寺の本尊、阿弥陀如来像のスケールモデル。 東大寺盧舎那仏像(奈良の大仏)が手の平に乗り、米国・ニューヨークの自由の女神像の約3倍と、他の像と比べて圧倒的な大きさを誇る。 各部分の主なパーツの大きさは、顔の長さ20m、目の長さ2.5m、耳の長さ10m、左手のひら18m、人差し指7mなどとなっている。
 1989(平成元)年に着工、1993(平成5)年に完成した。施工は川田工業株式会社。鉄骨の構造物の表面に、6000分割の青銅のパーツを貼り付けて作られている。 内部に入ることができ、1階は光の世界、2階知恩報徳の世界、3階蓮華蔵世界、4・5階霊鷲山の間と名づけられた写経などが出来る施設がある。 地上85mの胸の辺りまではエレベーターで上る事が出来る。大仏周辺は、四季折々の花に彩られた庭園があり、極楽浄土がイメージされている。また、小動物公園がある。
 御朱印有。大仏を表紙に描いたオリジナル御朱印帳もある。なお御朱印は複数ある。 寺院の御朱印については御朱印・寺院も参照。
 拝観料は大人800円、子供400円(4月〜11月)、大人700円、子供400円(12月〜3月)。
 牛久市久野町2083。牛久大仏の地図
牛久大仏
世界一の牛久大仏
牛久大仏御朱印光雲無碍 牛久大仏御朱印慈光 牛久大仏御朱印無碍光 牛久大仏御朱印南無阿弥陀仏
牛久大仏御朱印「光雲無碍」(左)、同じく「慈光」(中左)、同じく「無碍光」(中右)、同じく「南無阿弥陀仏」(右)
牛久大仏御朱印修正会
牛久大仏正月限定御朱印修正会
牛久大仏御朱印帳青表紙 牛久大仏御朱印帳青裏表紙 牛久大仏御朱印帳白表紙 牛久大仏御朱印帳白裏表紙
オリジナル御朱印帳青バージョン表紙(左)、同じく裏表紙(中左)、 オリジナル御朱印帳白バージョン表紙(中右)、同じく裏表紙(右)
シャトーカミヤ
 1936(明治36)年に完成した日本で最初の本格的ワイン醸造場。ヨーロッパの古城を思わせる異国情緒たっぷりの赤レンガ造りの本館がシンボルで、国の重要文化財に指定されている。
 創始者の神谷傳兵衛は、「日本人の飲むぶどう酒は日本人の手で造り出さねばならない」との思いから 日本人の味覚にあったワイン製造に乗り出した。そのためシャトーカミヤのワインは、日本人に好まれるすっきりとした飲みやすいテイストで、 お土産や贈り物の定番として人気がある。6万平方mもある敷地内は、四季折々の豊かな自然に恵まれている。 園内には、ワインや料理が楽しめるレストランがあり、豊かな自然を満喫しながらワインと料理を楽しむことが出来る。
 牛久市中央3−20−1。シャトーカミヤの地図
シャトーカミヤ
シャトーカミヤ本館
ポケットファームどきどきつくば牛久店
 JA全農いばらき(全農茨城県本部)直営の農畜産物直売所兼レストラン。2010(平成22)年10月2日オープン。 東京ドームと同じ広さの広大な敷地に広々とした直売所が特徴。 地元生産者による採れたて野菜、茨城県産のブランド豚ローズポーク、どきどきオリジナルの手作りソーセージなどを販売。また、体験農園などもある。 営業時間は午前10時〜午後6時。水曜日定休。無料駐車場約350台。
 レストランはビュッフェスタイルで、森の家庭料理レストランと名づけられている。地元の食材を使ったメニューが特徴で毎日60〜70種類提供する。 ドリンクも約20種類ある。営業時間は午前11時30分〜午後3時。大人1800円、シニア(70歳以上)1500円、小学生1100円、 4歳以上700円、3歳以下300円。
 牛久市猪子町967−1。ポケットファームどきどきつくば牛久店の地図
ポケットファームどきどきつくば牛久店
ポケットファームどきどきつくば牛久店
牛久自然観察の森
 人と森とが関わり合って育つ里山を再現した自然観察フィールド。カワセミの池、シイの森、ヒグラシの林、フクロウの森、アカネズミの森、タケノコの林、ウグイスの林、オトシブミ野林、コブナの流れ、 タマムシの林、コムラサキの丘、ノウサギの丘、コジュケイの林など、特徴的なフィールドを数多く配置。観察舎、ネイチャーセンターなども整備され、森の中を散策しながら、野鳥や昆虫、小動物などをまじかに観察できる。 入園無料。
 牛久市結束町489−1。牛久自然観察の森の地図
カワセミの池
森の中に広がるカワセミの池
観察の森入口ネーチャーセンター
牛久自然観察の森入口(左)、ネーチャーセンター(右)
ノウサギの丘ハイド
観察舎のあるノウサギの丘(左)、野鳥観察場所にあるハイド(右)
牛久市観光アヤメ園
 約5千平方mの敷地に、約200品種、約1万本のアヤメがある。稲荷川沿いの池を中心に整備されており、紫や白、黄色の花を咲かせる。 6月初旬から開花し、見ごろは6月中旬。園内の池には、スイレンの緑の葉が一面に生い茂り、白やピンクに色づいた花を咲かせている。池の中心の島には藤棚も作られている。
 また、同じく6月中旬からは稲荷川の土手沿いに植えられたアジサイも見ごろを迎える。入場無料。駐車場有り。
 牛久市城中町2831−2。牛久市観光アヤメ園の地図
観光アヤメ園 観光アヤメ
牛久市観光アヤメ園全景(左)、アヤメ(右)
観音寺
 威徳山福聚院観音寺。本尊に十一面観音を祀る天台宗の古刹。自然豊かな寺で、境内のアジサイは有名。 花曼荼羅の寺として知られる。 創建は鎌倉時代、1226(嘉禄2)年の建立とされているが詳しくは不明。領主の土岐氏、芦名氏、内藤氏、そして江戸時代には譜代大名の久世氏の支配と庇護を受けてきた。 本堂は一重の寄せ棟造りで茨城県指定文化財。造られた年代は不明だが、江戸時代に大規模な改修が行われた記録がある。 また、仁王門や本尊などが茨城県の文化財に指定されている。 なお、国立歴史民俗博物館によって、炭素14年代測定法による、本堂の時代推定が行われている。 それによると、本堂は鎌倉時代に建立された可能性が高いことが証明されている。
 1990(平成2)年から1993(平成5)年にかけて地元の研究者によって植物の調査が行われた。 それによると樹木は51科140種、草本は95科362種あったという。詳細は『み仏をめぐる植物たち−牛久観音寺・花曼荼羅の世界』(須田直之著、筑波書林刊)で紹介されている。
 牛久市久野町2976。観音寺の地図
観音寺本堂
観音寺本堂
観音寺仁王門 観音寺の銀杏
観音寺仁王門(左)と銀杏(右)
願名寺
 奥雲山龍池院願名寺。時宗。1280(弘安3)年、宗祖一遍上人の開創と伝えられる。本堂は1784(天明4)年の再建。 本尊の木造阿弥陀如来坐像は、鎌倉時代初期の作とされ茨城県指定文化財。
 牛久市奥原町2414。願名寺の地図
願名寺本堂 願名寺山門
願名寺本堂(左)、山門(右)
得月院
 山号は稲荷山。1600年ごろの開基と伝えられるが詳しくは不明。小川芋銭の墓がある。現在の本堂は大正時代に再建されたもの。 なお、現在の本堂の扁額「得月禅院」は小川芋銭の奉納による。
 境内には牛久市指定天然記念物の榧の木がある。樹齢は推定で500年を超えているが、今でも元気な姿を見せている。 また、同じく牛久市指定天然記念物の椎の木があったが、枯れたことにより伐採されてしまった。
 牛久市城中町258。得月院の地図
得月院
得月院の山門
柏田神社
 創建は、807(大同2)年、鹿島神宮の分霊を勧請した。祭神は武甕槌命、経津之命、天児屋根命。 御神体は、十一面観音、阿弥陀如来、薬師如来の銅仏三躯の懸仏という。周囲には豊かな森が残されている。 長禄年間(1457〜60年)、天候不順が続いたことから、将軍足利義政の家臣、川司孝信が1460(長禄4)年、祠を建てて懸仏を祀り、天候回復を祈願したとされる。 社殿は1987(昭和62)年5月4日の不審火で焼失。1989(平成元)年4月5日再建した。
 牛久市柏田町1421。柏田神社の地図
柏田神社
柏田神社
柏田神社本殿 柏田神社拝殿
柏田神社本殿(左)と拝殿(右)
明恒パール
 全国でも珍しい淡水真珠専門店。県内に養殖場を持ち、養殖、加工、販売を一貫して行っている。 茨城県の特産品として推奨品指定のほか、牛久市で唯一の茨城県郷土工芸品指定を受けている。 淡水真珠の厚い真珠層ならでは、独特の深い輝きは、根強い人気を誇っている。
 牛久市猪子町4番地。明恒パールの地図
明治天皇牛久行在所跡
 1884(明治17)年12月、女化原(現在の牛久市女化町)で行われた近衛砲兵大隊演習天覧のため、明治天皇が牛久に行幸した際、その宿泊所となった旧家。 旧水戸街道沿いにある。1933(昭和8)年11月、史跡となり、それを記念した「明治天皇牛久行在所(あんざいしょ)跡」の碑が、1935(昭和10)年3月家の前に建立された。 なお史跡指定は、1948(昭和23)年6月29日、他の全国にある明治天皇史跡(聖跡)とともに解除されている。
 牛久市牛久町。明治天皇牛久行在所跡の地図
明治天皇牛久行在所跡
明治天皇牛久行在所跡
正源寺
 瑞雲山正源寺。曹洞宗の寺。旧水戸街道沿いにある。テレビドラマの鬼平犯科帳「雲竜剣」で、牛久宿の正源寺として登場する。
 安土桃山時代、由良国繁が建立した7観音8薬師のひとつ。1592(文禄元)年4月18日、入仏式が行われた。 当初、久宝山正源寺だったが、江戸時代、牛久藩2代藩主、山口弘隆公の時代に瑞雲山に改められた。 もともと本尊は、馬頭厄除観音だったが、江戸時代に釈迦如来坐像を本尊とした。 また、本尊の馬頭厄除観音は山門脇にある観音堂に祀られていたが、江戸時代、牛久宿が度々大火に見舞われたことから、本尊を本堂に移し、その後に火伏の秋葉三尺房を祀って秋葉堂とした。 その後馬頭厄除観音は、別院の牛久観音に移されている(下記参照)。
 2013(平成25)年6月1日、本堂の落慶法要が行われた。
 牛久市牛久町115。正源寺の地図
本堂
正源寺本堂
山門 秋葉堂
正源寺山門、その前に仁王像が祀られている(左)、山門脇にある秋葉堂(右)
牛久観音
 正源寺別院。正源寺の本尊だった馬頭厄除観音を祀る。 1972(昭和47)年、聖観音の寄贈があり、それを契機として観音堂を建立、馬頭厄除観音、聖観音、さらに慈母(子育、水子)観音を勧請、三観音とした。 1982(昭和57)年3月18日、入仏落慶大法要を行った。
 牛久市刈谷町。牛久観音の地図
牛久観音
牛久観音
中根一里塚
 水戸街道の一里塚。日本橋から17番目。国道6号沿いにあり、牛久市と土浦市の境にある。道の反対側に残る一里塚は土浦市側にあり、荒川沖一里塚と呼ばれている。 私有地だったが、1986(昭和61)年、所有者から牛久市が寄贈を受けた。
 牛久市中根。中根一里塚の地図
中根一里塚
中根一里塚
ひたち野うしく駅
 JR常磐線の駅。1985(昭和60)年に現在のつくば市で開催された科学万博期間中、臨時駅として開設されたのが最初。 その後閉鎖されていたが、1998(平成10)年3月14日、常設駅としてオープンした。
 ひたち野うしく駅、万博中央駅については科学万博つくば'85へ。
ひたち野みずべ公園
 ひたち野うしく駅西口前にある公園。調整池を中心に広々とした公園。水の広場や水上デッキ、円形広場、遺跡保存広場、筑波見台などがある。 ひたち野うしく駅西口を発着点にいばらきヘルスロード「ひたち野みずべ公園散策路」となっている。延長2.61km。駅をスタートし、公園の外周を一周する。所要時間は約40分。
 牛久市ひたち野西1−20。ひたち野みずべ公園の地図
ひたち野みずべ公園 ひたち野みずべ公園
ひたち野みずべ公園調整池(左)、東側円形広場側エントランス(右)
蛇喰古墳
 古墳時代後期の前方後円墳。全長約45m、牛久市内では最も大規模。現在は住宅地の一角にあるが、もとはこのあたりはシャトーカミヤの創設者、神谷伝兵衛による神谷葡萄園があった。 前方後円墳上に祀ってある稲荷神社は、伝兵衛の出身地、愛知県の豊川稲荷から勧請したもの。
 牛久市神谷2−21。蛇喰古墳の地図
蛇喰古墳
蛇喰古墳
蛇喰稲荷 蛇喰鳥居
蛇喰古墳上にある稲荷神社(左)と鳥居(右)
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