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筑波山

筑波研究学園都市

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筑波研究学園都市の概要

 筑波研究学園都市は、研究学園地区と周辺開発地区からなる。研究学園地区は、東大通り、西大通り、土浦学園線など、複数車線の幹線道路が東西南北に整備され、研究機関を結んでいる。面積は約2700ha、計画人口は10万人。 周辺開発地区は、研究開発型工業団地などを中心に計画的な開発を進めるとしており、約25700ha、計画人口は25万人を想定している。
つくば市街眺望北
 つくば三井ビル展望フロアから北側のつくば市街を望む
つくば市街眺望南
 つくば三井ビル展望フロアから南側のつくば市街を望む
景観
 研究学園地区の景観は、自然豊かな田園風景の中に、南北約18kmにわたって広大な敷地に整然と広がる大学や研究機関などの近代的施設。 さらに、緑豊かな歩行者専用道路でネットワークされた住宅地と大小の公園がアクセントをつけ、これまでの日本の都市にない質を生み出している。 これらを守るために、研究、教育施設や公務員住宅での建設計画標準の策定や一般住宅地を対象とした最小敷地条例や文教地区条例の制定はじめ、 屋外広告物条例による禁止区域の設定による無秩序な広告、看板等の規制を行っている。
 筑波研究学園都市の大きな特徴に「電柱のない町」がある。中心市街地、住宅地、大学など新たに開発された地域は、電力、電話ケーブル、水道管などを集めた大規模な共同溝が敷設されている。 共同溝の総延長は7.4km。最も大きな場所では、高さ4.8m、幅7.2mもある。主として歩行者専用道路の下に埋設されている。
土浦学園線
筑波研究学園都市を代表する景観の一つ、土浦学園線沿い
センタービル 三井ビル
同じく筑波研究学園都市を代表する景観のつくばセンタービル、東側から(左)、 つくば市内で最も高いつくば三井ビルと周辺(右)
レンガ歩道 歩道
つくばセンター近くの歩道と階段(左)、同じくつくばセンター近くの歩道(右)
夜景
 筑波研究学園都市の持つ都市景観は、夜景においても多くの魅力が発揮される。 特に研究学園都市中心部は、広告看板がほとんど無く、スマートな都市夜景を見せてくれる。 また、研究学園都市に配置された公園などの夜景も魅力的だ。
つくば三井ビル夜景
つくば三井ビルの夜景
つくばセンター夜景 クレオスクエア夜景
つくばセンターとQ’t方面の夜景(左)、クレオスクエアの夜景(右)
サイン・四神
 研究学園地区の入口4ヵ所には、四神をイメージしたサイン(高さ15mの柱、道路の両側に3本づつ、6本)が設置されている。 北の入口、国道125号から西大通りに入ったところ(高エネ研前)には玄武をイメージした赤黒のポールが、 東の入口、土浦学園線、西大通り手前(竹園高校前)には青龍をイメージした青のポールが、 同じく南の入口、国道408号、森林総合研究所手前には朱雀をイメージした赤のポールが、 そして西の入口、土浦学園線、筑波西部工業団地付近には白虎をイメージした白のポールが設置されている。 これに加え、田園都市をイメージしたポールが東大通り、国道354号線近く(並木高校前)に、 同じく研究・科学をイメージしたポールが西大通り、国道354号線近く(環境研前)に設置されている。
玄武 青龍
つくば市上沢の国道408西大通りにある玄武をイメージしたサイン(左)とつくば市竹園にある青龍をイメージしたサイン(右)
白虎 朱雀
つくば市西大橋にある白虎をイメージしたサイン(左)とつくば市松の里にある朱雀をイメージしたサイン(右)
田園 研究・科学
つくば市並木の東大通りにある田園をイメージしたサイン(左)とつくば市稲荷前の西大通りにある研究・科学をイメージしたサイン(右)
陸橋
 筑波研究学園都市地区には、歩行者専用の陸橋が多くある。これは、主要道路に通じる歩行者専用道路が立体交差となっているため。 また、東大通り、西大通りは主要部分で、掘り下げられて造られていることから、陸橋にした方がアップダウンが少ないなどの理由がある。
さくら大橋
 土浦学園線に架かるつくば公園通りの橋。学園東大通りと学園西大通りの間、両大通りのほぼ中間地点にある。 橋の中央に真っ直ぐに伸びたモニュメントが建っており、筑波研究学園都市のシンボルともなっている。 なお、学園東大通りと学園西大通りの間には5つの橋がある。さくら大橋はじめ、1号橋、2号橋、3号橋、クレオとつくば三井ビルを結ぶ陸橋の5つ。 1号橋から3号橋までは、同じ形式の橋。
 つくば市。さくら大橋の地図
さくら大橋
つくば公園通りから見たさくら大橋
並木大橋
 東大通りに架かる陸橋。斜張橋のスタイルが特徴。 
 つくば市。並木大橋の地図
並木大橋
東大通りから見た並木大橋
1号橋
 土浦学園線、学園東大通りと学園西大通りの間、最も東側にある陸橋。北側の歩道延長上に時の公園がある。1979(昭和54)年2月完成。
 つくば市。1号橋の地図
1号橋 南からの1号橋
土浦学園線から見た1号橋(左)、南側から見た1号橋(右)
2号橋
 土浦学園線、学園東大通りと学園西大通りの間、1号橋とさくら大橋の間にある。筑波学園郵便局とつくば中央警察署を結ぶ歩道にある。1979(昭和54)年2月完成。
 つくば市。2号橋の地図
2号橋 南からの2号橋
土浦学園線から見た2号橋(左)、南側から見た2号橋(右)
3号橋
 土浦学園線、学園東大通りと学園西大通りの間、最も西側にある陸橋。北側にはろくまる公園がある。1979(昭和54)年2月完成。
 つくば市。3号橋の地図
3号橋 南からの3号橋
土浦学園線から見た3号橋(左)、南側から見た3号橋(右)
中央1号橋
 中央大通りの最も東側に架かる陸橋。1994(平成6)年3月完成。
 つくば市。中央1号橋の地図
中央1号橋 中央1号橋路面
中央1号橋
中央2号橋
 中央大通りに架かる陸橋。筑波山をイメージしたデザインが特徴。クレオスクエア地区のペデストリアンデッキから結ばれている。 
 つくば市。中央2号橋の地図
中央2号橋
中央2号橋
中央3号橋
 中央大通りの最も西側に架かる陸橋。2005(平成17)年3月完成。
 つくば市。中央3号橋の地図
中央3号橋 中央号橋路面
中央3号橋
洞峰橋
 西大通りに架かる陸橋。二の宮地区と洞峰公園を結ぶ。 
 つくば市。洞峰橋の地図
洞峰橋 洞峰橋道
洞峰橋(左)、路面(右)
並木北橋
 東大通りの並木一丁目交差点にある陸橋。並木大橋の北にある。 
 つくば市。並木北橋の地図
並木北橋 並木北橋道
並木北橋(左)、路面(右)
竹園橋
 土浦学園線に架かる陸橋。つくば市竹園3丁目と同じく吾妻4丁目を結ぶ。両側はスロープだが、土浦学園線の歩道への螺旋階段がある。
 つくば市。竹園橋の地図
竹園橋全景 竹園橋
竹園橋(左)、路面(右)
竹園北橋
 学園東大通り架かる陸橋。つくば市竹園1丁目と同じく竹園3丁目を結ぶ。学園東大通りと土浦学園線が交差する学園東交差点の南側にある。 1978(昭和53)年1月完成。
 つくば市。竹園北橋の地図
竹園北橋全景 竹園北橋
竹園北橋(左)、路面(右)
竹園南橋
 学園東大通り架かる陸橋。つくば市竹園2丁目と同じく竹園3丁目を結ぶ。1978(昭和53)年1月完成。
 つくば市。竹園南橋の地図
竹園南橋全景 竹園南橋
竹園南橋(左)、路面(右)
吾妻北橋
 学園東大通り架かる陸橋。つくば市吾妻2丁目と同じく吾妻4丁目を結ぶ。 1978(昭和53)年3月完成。
 つくば市。吾妻北橋の地図
吾妻北橋全景 吾妻北橋
吾妻北橋(左)、路面(右)
吾妻南橋
 学園東大通り架かる陸橋。つくば市竹園1丁目と同じく吾妻4丁目を結ぶ。学園東大通りと土浦学園線が交差する学園東交差点の北側にある。 1978(昭和53)年3月完成。
 つくば市。吾妻南橋の地図
吾妻南橋全景 吾妻南橋
吾妻南橋(左)、路面(右)
春日北橋
 学園西大通り架かる陸橋。東側は春日児童公園につながっている。 1979(昭和54)年3月竣工。
 つくば市春日。春日北橋の地図
春日北橋 春日北橋児童公園から
春日北橋(左)、春日児童公園側から見た北橋(右)
春日南橋
 学園西大通り架かる陸橋。西側は上宿児童公園につながっている。 1979(昭和54)年3月竣工。
 つくば市春日。春日南橋の地図
春日南橋
春日南橋
つくばセンター北橋
 正式名称不明。名称は当サイトが便宜上つけたもの。つくばセンター広場の北側にある。 つくばセンター地区から中央公園、つくば公園通りに通じている。
 つくば市。つくばセンター北橋の地図
つくばセンター北橋全景 つくばセンター北橋
西側から見たつくばセンター北橋(左)、同じく南側(右)
つくばセンター西橋
 正式名称不明。名称は当サイトが便宜上つけたもの。つくばセンター広場の西側にある。 つくばセンター地区とクレオスクエアを結ぶ。
 つくば市。つくばセンター西橋の地図
つくばセンター西橋全景
クレオスクエア側から見たつくばセンター西橋
つくばセンター東橋
 正式名称不明。名称は当サイトが便宜上つけたもの。つくばセンター広場の東側にある。
 つくば市。つくばセンター東橋の地図
つくばセンター東橋全景
つくばセンター広場側から見たつくばセンター東橋
学園中央南橋
 正式名称不明。名称は当サイトが便宜上つけたもの。クレオスクエアの南側にある。つくば三井ビルとクレオスクエアを結ぶ。
 つくば市。学園中央南橋の地図
学園中央南橋全景 学園中央南橋
西側から見た学園中央南橋(左)、同じく南側から(右)
学園中央東橋
 正式名称不明。名称は当サイトが便宜上つけたもの。筑波学園郵便局の北側にある。
 つくば市。学園中央東橋の地図
学園中央東橋全景 学園中央東橋
南側から見た学園中央東橋(左)、同じく西側から(右)
学園中央西橋
 正式名称不明。名称は当サイトが便宜上つけたもの。クレオの西側にある。クレオスクエア地区とろくまる公園を結ぶ。
 つくば市。学園中央西橋の地図
学園中央西橋全景 学園中央西橋
南側から見た学園中央西橋(左)、同じく西側から(右)
つくば公園通り北大通り跨道橋
 正式名称不明。名称は当サイトが便宜上つけたもの。つくば公園通りの北大通りに架かる歩道橋。 橋の南側が吾妻3丁目、北側が天久保1丁目。
 つくば市。つくば公園通り北大通り跨道橋の地図
つくば公園通り北大通り跨道橋全景 つくば公園通り北大通り跨道橋
南東側から見た跨道橋全景(左)、南側から見た跨道橋(右)
つくば公園通り南大通り跨道橋
 正式名称不明。名称は当サイトが便宜上つけたもの。つくば公園通りの南大通りに架かる歩道橋。 歩行者と自転車の通行帯が分かれている。 橋の南側が千現1丁目、北側が竹園2丁目。
 つくば市。つくば公園通り南大通り跨道橋の地図
つくば公園通り南大通り跨道橋全景 つくば公園通り南大通り跨道橋
南東側から見た跨道橋全景(左)、南側から見た跨道橋(右)
諏訪歩道橋
 万博記念公園の北側、茨城県道123号土浦坂東線を横断する。長いスロープが特徴。2009(平成21)年3月完成。
諏訪歩道橋 諏訪歩道橋全景
万博記念公園駅側から見た諏訪歩道橋(左)、全景(右)
花室トンネル
 つくば市内で唯一のトンネル。つくば市花室の土浦学園線(茨城県道土浦境線)とつくば市吾妻の中央大通りを結ぶ自動車専用トンネル。
花室トンネル西
花室トンネル吾妻側の出入口
花室トンネル東
花室トンネル花室側の出入口
大角豆歩道橋
 つくば市大角豆にある大型の歩道橋。東大通りと国道354号の大角豆交差点にある。 筑波研究学園都市の著名な景観のひとつ。 上から見るとH型になっており、四方から横断できるようになっている。人だけでなく、自転車の横断も可能になっている。 人と自転車はこの歩道橋を横断するため、交差点上には横断歩道、自転車横断帯は無い。
 つくば市。大角豆歩道橋の地図
大角豆歩道橋
大角豆歩道橋全景
大角豆歩道橋 大角豆歩道橋
大角豆歩道橋階段(左)、同じく通路(右)
気象庁気象研究所気象観測鉄塔
 つくば市内で最も高い建造物。高さ213m。筑波研究学園都市のランドマークともなっている。 高さ10m、25m、50m、100m、150m、200m、213mで風向、風速、気温、湿度の観測を行い、大気境界層の研究や突風の研究に利用している。 また、温室効果気体密度の測定なども行っている。 2010(平成22)年度、老朽化のため解体された。
 つくば市長峰1−1。
気象観測鉄塔
西大通りから気象観測用鉄塔を望む
歩道
 筑波研究学園地区は、幅の広い歩道が特徴。さらに車道とは街路樹で区切られている。また、ほとんどの場所で歩道内に自転車道が設けられている。
歩道
東大通りの歩道
街角建築博物館
 筑波研究学園都市には、著名な建築家の設計による特徴ある建物が多く建設されており、街角建築博物館の様相を呈している。 菊竹清訓、岡田新一、高橋てい一(てい=青へんに光)、磯崎新、土岐新、大高正人、栗生明、谷口吉生、原広司、松永安光、納賀雄嗣、 鎭文彦、山下和正、内藤彰など、錚々たる建築家の作品がある。
 つくばの顔ともなっているつくばセンタービルは、磯崎新の作品。つくばカピオは、谷口吉生の設計。松見公園の展望塔とレストハウスは菊竹清訓によるもの、 洞峰公園の筑波新都市記念館及び洞峰体育館は大高正人の作品。
 学校にも特徴的なものが多い。西野範夫による二の宮小学校、原広司による竹園西小学校、山下和正の松代小学校、藤本昌也の東小学校、 若柳幹郎による柳橋小学校体育館、三上清一による東幼稚園、齊木崇人の二の宮幼稚園・児童館・保育所、高橋香保の松代保育所など。 最近では鉄筋コンクリートではなく、木造による建築物も多い。
 また、公共施設だけでなく公営の住宅もデザイナーズマンションのようなものが多い。山下和正の県営ささぎアパート、 内井昭蔵の県営小野崎アパート、大野秀敏の県営松代アパート、そして納賀雄嗣のグリーンハイム手代木、など。 (この項目敬称略)
松見公園展望塔
菊竹清訓による松見公園の展望塔とレストハウス
公務員住宅
 筑波研究学園都市の中心部を占める。もともと何もなかった場所だったため、移ってくる研究施設の研究員のための住居を提供する目的で、大規模に造成された団地。 現在見ると決して最先端とはいえなくなっている団地だが、松林が切り開かれた何も無い場所に建設された当時は近未来の都市をも伺わせた。 建設当時のコンセプトは、公務員宿舎を希望するもの全員に貸与する。世帯者には約64平方m以上の広さ、単身者には個室を提供するというものだった。 現在でも筑波研究学園都市を代表する景観のひとつ。
 1970(昭和45)年、花室東部地区(竹園3丁目、吾妻4丁目)のうち、竹園3丁目で6棟142戸の建設からスタート。 1972(昭和47)年には第1期の公務員宿舎入居が始まっている。 1973(昭和48)年、大角豆地区(並木)、1975(昭和50)年、都心地区(春日、吾妻、竹園)、 1978(昭和53)年、手代木地区(松代)で工事が着工した。1980(昭和55)年、建設終了している。 建築戸数は花室東部地区1549戸、都心地区3394戸、大角豆地区1760戸、手代木地区1052戸、計7755戸。
 研究学園都市の建設から40年ほどが経過し、当初建設されたものは、多くが老朽化し建て替えが必要となっている。 このため2002(平成14)年から削減計画がスタートしており、2006(平成16)年度から宿舎の廃止を開始、 2005(平成17)年1月には最初の公務員宿舎売却が行われた。
 2011(平成23)年12月、国家公務員宿舎削減計画が出され、翌2012(平成24)年11月、それにもとづき、つくば市内の公務員宿舎削減が公表された。 それによると、竹園3丁目、吾妻1丁目の公務員住宅を全廃、吾妻4丁目、並木2丁目、竹園1丁目、春日1丁目の公務員住宅も一部を除いて廃止される。 約2500戸が廃止対象となっている。
公務員住宅 公務員住宅
吾妻地区の公務員住宅(左)、並木地区の公務員住宅(右)
公務員住宅 公務員住宅
吾妻地区の公務員住宅(左)、竹園地区の公務員住宅(右)
県営アパート
 筑波研究学園都市の建設に伴い、著名な建築家による県営アパート(県営住宅)の建設が行われ、同じく筑波研究学園都市を代表する景観のひとつになっている。 なかでも、1991(平成3)年完成の大野秀敏氏による県営松代アパート(つくば市松代3−24)は空中歩廊のある斬新なデザインで話題となった。 6階建ての4棟が口の字に配置され、その4階部分に歩廊があって、4棟を結んでいるのが最大の特徴だ。
 また、1980(昭和55)年に完成した山下和正氏による県営ささぎアパート(つくば市並木4−4−1)は、地上3階建て、各戸に3.6m×3.6mの大きなテラスがある。 このほか、1985(昭和60)年に完成した内井昭蔵氏の県営小野崎アパート(つくば市二の宮4−6−1)は、上階をずらしたテラスを持つ地上3階建ての住宅。
松代アパート
県営松代アパート
松見
 つくば市天久保1丁目にある筑波研究学園都市で最も規模が大きい繁華街。松見公園の東側の地区をいう。松見という住所はない。 1970年代後半、くいだおれ街として、北大通り側に飲食店が出来始めた。1980年代から居酒屋やスナックなどの飲食店が、その近くに集中し始め、バブル期の週末には、人であふれた。 六本木ビルや有楽町ビルなど、飲食店が入る雑居ビルがある。
松見
松見地区
都市基盤
 都市基盤整備が行われた筑波研究学園都市の中心地区は、高さ4.7m、幅7.2mの共同溝が7.2kmに渡って設けられており、 ライフラインを全て地中化、電柱の無い都市景観が実現している。電気、電話、上水道などのライフラインに加え、蒸気管、冷水菅が埋設されており、 地域の冷暖房を集中して行っている。また、長い間、集塵菅を使ったごみ収集が共同溝を使って行われていた。
 また、上水道は、霞ヶ浦の水を使っている。美浦村に取水口が設けられている。 1日の使用量は最大10万トン。下水道は、雨水と汚水を別々に処理する分流方式。 汚水は公共下水路を通じて、利根町布川の「利根浄化センター」で処理され、利根川に排水されている。 雨水は、都市下水路を経て花室川、蓮沼川、小野川に排水する。
地域冷暖房システム
 正式名称は研究学園都市中心市街地地域冷暖房施設。共同溝に約11kmの蒸気管と冷水菅が設けられている。 地域ぐるみで冷暖房を行うことで、都市の快適でクリーンな生活を提供。 同時に、効率化を進め省エネルギー化を図り、エコ生活が実現されている。現在中心市街地約21haに提供されている。 計画供給延べ床面積は39ha。  
真空集塵システム
 投入口からごみを投入すると、空気の力(真空にする)を使って1カ所に集めることが出来るシステム。24時間ゴミを捨てられる、ごみ収集の必要がないため、ごみ収集所が無いなどの利点があった。 しかし、システムの老朽化に加え、通常のごみ収集の7倍かかるという高コストなどが理由で、2008(平成20)年度に廃止となった。
真空集塵システム投入口
中央公園に残る真空集塵システム投入口跡。左側が難不燃物用投入口、右側が可燃物用投入口
産技総合研筑波東事業所つくば研究支援センター入口
 関東鉄道、関鉄パープルバスのバス停。日本一長い名称のついたバス停として知られていたが、2014(平成26)年8月10日、 バス停の名称を「産総研つくば東事業所つくば研究支援センター入口」に変更、日本一から陥落した。カナで40文字あった。 変更により37文字となってしった。東大通り沿いのつくば市東(つくばセンター方面)、つくば市並木(荒川沖駅方面)にある。
 なぜ名称変更したか不明だが、産業技術総合研究所の略称が産技総合研ではなく産総研が定着しているため変更されたと思われる。 ただ、せっかくの日本一、短くするのではなく長く変更してもよかったのではないか。産総研の正式名称は「独立行政法人産業技術総合研究所」。 これだけでも33文字、つくば東事業所は12文字、研究支援センターが15文字、入口が4文字で、あわせて64文字、ダントツで日本一になる。 また独立行政法人を抜いても51文字。長すぎて不便な方が多いかもしれないが、せっかくの日本一、復活を望みたい。
産技総合研筑波東事業所つくば研究支援センター入口拡大 産技総合研筑波東事業所つくば研究支援センター入口
産技総合研筑波東事業所つくば研究支援センター前バス停当時の標識拡大(左)、同じく全景(右)
科学万博開催当時までに立地した筑波研究学園都市の教育研究機関
 移転した主な教育研究機関の移転時の名称、住所。
筑波大学(文部省) 新治郡桜村天王台1−1−1 1973(昭和48)年10月1日開学。
図書館情報大学(文部省) 筑波郡谷田部町春日1−2 1979(昭和54)年10月開学。
文部省高エネルギー物理学研究所 筑波郡大穂町上原1−1 1971(昭和46)年4月業務開始。
文部省国立科学博物館筑波実験植物園 新治郡桜村天久保4−1−1 1983(昭和58)年10月開園。
国際協力事業団筑波インターナショナルセンター(外務省) 筑波郡谷田部町高野台3−6 1980(昭和55)年3月開館。
国際協力事業団筑波国際農業研修センター(外務省) 筑波郡谷田部町高野台3−7 1981(昭和56)年4月移転。
文部省国立教育会館分館 筑波郡大穂町立原3
科学技術庁国立防災科学技術センター 新治郡桜村天王台3−1 1977(昭和52)年移転。
建設省国土地理院 筑波郡谷田部町北郷1 1979(昭和54)年移転。
建設省土木研究所 筑波郡豊里町旭1 1979(昭和54)年3月移転。
建設省建築研究所 筑波郡大穂町立原1 1979(昭和54)年業務開始、1980(昭和55)年4月正式移転。
日本電信電話公社筑波電気通信建設技術開発センター(郵政省) 筑波郡大穂町花畑1−7−1 1972(昭和47)年設立。
科学技術庁金属材料研究所筑波支所 新治郡桜村千現1−2−1 1979(昭和54)年移転。
科学技術庁無機材質研究所 新治郡桜村並木1−1 1972(昭和47)年3月移転。
環境庁国立公害研究所 筑波郡谷田部町小野川16−2 1974(昭和49)年3月発足。
通商産業省工業技術院総務部筑波管理事務所 筑波郡谷田部町東1−1−4 1979(昭和54)年開設。
通商産業省工業技術院計量研究所 新治郡桜村梅園1−1−4 1980(昭和55)年移転。
通商産業省工業技術院機械技術研究所 新治郡桜村並木1−2 1980(昭和55)年移転。
通商産業省工業技術院化学技術研究所 筑波郡谷田部町東1−1 1979(昭和54)年移転。
通商産業省工業技術院微生物工業技術研究所 筑波郡谷田部町東1−1−3
通商産業省工業技術院繊維高分子材料研究所 筑波郡谷田部町東1−1−4
通商産業省工業技術院地質調査所 筑波郡谷田部町東1−1−3 1979(昭和54)年移転。
通商産業省工業技術院電子技術総合研究所 新治郡桜村梅園1−1−4
通商産業省工業技術院製品科学研究所 筑波郡谷田部町東1−1−4
通商産業省工業技術院公害資源研究所 筑波郡谷田部町小野川16−3 
気象庁気象研究所(運輸省) 筑波郡谷田部町長峰1−1 1980(昭和55)年移転。
気象庁高層気象台(運輸省) 筑波郡谷田部町長峰1−2(注1) 1920(大正9)年開設。
気象庁気象測器工場(運輸省) 筑波郡谷田部町長峰1−2 1975(昭和50)年移転。
宇宙開発事業団筑波宇宙センター(科学技術庁) 新治郡桜村千現2−1−1 1972(昭和47)年6月発足。
厚生省国立予防衛生研究所筑波医学実験用霊長類センター 筑波郡谷田部町八幡台1
厚生省国立衛生試験所筑波薬用植物栽培試験場 筑波郡谷田部町八幡台1 1980(昭和55)年移転。
農林水産省農蚕園芸局果樹花き課筑波分室 筑波郡谷田部町藤本2−2 1977(昭和52)年移転。
農林水産省農林水産技術会議筑波事務所 筑波郡谷田部町観音台2−1−2 1978(昭和53)年発足。
農林水産省農業技術研究所 筑波郡谷田部町観音台 1980(昭和55)年移転。
農林水産省農事試験場 筑波郡谷田部町観音台
農林水産省畜産試験場 稲敷郡茎崎町池の台2 1980(昭和55)年移転。
農林水産省果樹試験場 筑波郡谷田部町藤本2−1 1977(昭和52)年移転。
農林水産省農業土木試験場 筑波郡谷田部町観音台2−1−2 1977(昭和52)年移転。
農林水産省蚕糸試験場 筑波郡谷田部町大わし1−2 1980(昭和55)年移転。
農林水産省家畜衛生試験場 筑波郡谷田部町観音台3−1−1 1979(昭和54)年月移転。
農林水産省食品総合研究所 筑波郡谷田部町観音台2−1−2 1979(昭和54)年月移転。
農林水産省植物ウイルス研究所 筑波郡谷田部町観音台
農林水産省熱帯農業研究センター 筑波郡谷田部町大わし1−2
農林水産省林業試験場 稲敷郡茎崎町松の里1 1978(昭和53)年移転。
理化学研究所ライフサイエンス筑波研究センター(科学技術庁) 筑波郡谷田部町高野台3−1−1
注1=筑波研究学園都市計画以前からある施設
筑波研究学園都市の歴史
 筑波研究学園都市の建設は、1956(昭和31)年に首都機能一部移転を目的にスタートした首都圏整備委員会によって学園都市構想が検討が開始されたことに始まる。 学園都市構想は、東京都内にある大学を東京から100km圏内の1カ所に移転し、東京の人口を削減、加えて残された大学の跡地の有効利用を図る。
 1960(昭和35)年8月に発表された試案では、都内にある大学130校の全学生約30万人、教職員約3万人とその家族約6万人を移転する。 それに2次、3次産業に従事する約31万人を加え70万都市の建設。 翌1961(昭和36)年4月の試案は、上記計画を基に、専門家の意見を得て学園都市構想として立案した。 構想では人口70万人、面積約1万haの建設用地を取得、それに工業地区を加えた新都市を建設する計画。
 この案をもとに、さらに省庁の試験研究機関の移転も加え、「研究地区」と「学園地区」からなる新しい都市建設の検討を開始した。
 首都圏整備委員会では、都市建設の候補地として、首都圏内の約10カ所ほどを調査。そのなかから、山梨県の富士山麓、群馬県の赤城山麓、栃木県の那須高原、そして茨城県の筑波山麓を建設候補地として絞った。 1963(昭和38)年には、4カ所の最終的な実地調査を行い、東京から近い、地形的に平坦である、霞ヶ浦から十分な水が確保できる、ことなどを理由に、 筑波地区に建設することを同年9月10日、閣議了解した。
 決定後の翌月、首都圏整備委員会は、NVT案を地元に示した。NVTは、筑波ニュータウンのフランス語表記のイニシャルをとったもの。 それによると、中央に高速道路が走り、北側は学園地区、南側は研究地区となっている。都市全体が緑で囲まれ、地区の約30%は緑地となっている。いわば理想的な都市像を示したものだった。 NVT案は、田畑まで買収地に含まれていたことから地元から反対運動が起こった。
 その後、主に買収地区を平地林に限定、さらに土地区画整理事業を取り入れることなどを柱に、規模を2700ha余りに縮小、南北に細長い計画案が示されたことから、地元の反対も鎮まり、概要が固まった。 このため、開発地区が分散されることから、南北にそれらを結ぶ2本の幹線道路、北側に学園地区、南側に研究地区を配置、その中央に中心市街地を置く。 南北の幹線道路の東側の道路(現在の東大通り)が、主要な動線との位置づけでその両端を、国道6号、国道125号に結んだ。 西側の道路(現在の西大通り)は、研究所と住宅地など、おもに近距離の移動動線とした。 また、新都市中心部では、この幹線道路の間に、歩行者専用道路を配置、歩行者優先の街づくりを行っている。
 事業は、「一団地の官公庁施設事業」「新住宅市街地開発事業」「都市計画公園事業」「土地区画整理事業」の4つの方式で進められた。 一団地の官公庁施設事業は、全面買収して行う方法。事業面積は約1550ha。 新住宅市街地開発事業は、新住宅市街地開発法に基づく都市計画事業。花室地区(旧桜村=現在の吾妻、竹園)、大角豆地区(旧桜村=現在の並木)、手代木地区(旧谷田部町=現在の松代)の3カ所で行われた。 面積は約260ha。中心地区には商業施設などが設けられた。竹園ショッピングセンター、並木ショッピングセンター、松代ショッピングセンターがそれに当たる。 都市計画公園事業では、洞峰沼を生かした洞峰公園(面積約20ha)とアカマツ林が特徴の赤塚公園(面積約8.5ha)を都市公園として決定した。 土地区画整理事業は、土地区画整理法に基づき市街地を整備するもの。竹園、妻木、苅間、小野川、小野崎など10カ所で行われた。 事業面積は約1100ha。
 新都市の用地買収は、1966(昭和41)年12月からスタート。買収予定面積は約1900ha、土地所有者は約2600人。 なお、買収価格はいずれも1坪(3.3平方m)当たり田1300円、畑1250円、開墾地1200円、山林1167円、原野1020円、宅地1400円。 1967(昭和42)年12月までに、目標の約3分の2の買収を完了。1971(昭和46)年2月までに買収をを終え、最終的な買収面積は約1800ha。
 1967(昭和42)年9月には6省庁の36機関(その後43機関)の移転を閣議了解した。 1968(昭和43)年10月、科学技術庁国立防災科学技術センター(当時)の建設が着工した。研究施設建設の第1号。 1969(昭和44)年3月には、のちに移転機関第1号となる科学技術庁無機材質研究所(当時)が着工する。 また、同年11月には研究学園都市開発事業の総合起工式を実施した。 さらに、建設、移転を速やかに実行するため1970(昭和45)年5月、筑波研究学園都市建設法が国会で成立する。 同年から1972(昭和47)年にかけ、いずれも当時で、文部省高エネルギー物理学研究所、建設省建築研究所、建設省土木研究所、 建設省国土地理院、科学技術庁宇宙開発事業団宇宙センターなどが続々着工する。
 1972(昭和47)年1月、花室東部地区(現在の竹園3丁目)の公務員住宅に入居開始。 同年3月、移転機関第1号として無機材質研究所が開設された。翌1973(昭和48)年筑波大学開学、1979(昭和54)年には図書館情報大学が開学した。 1980(昭和55)年3月、通産省(当時)公害資源研究所が開設され、当初決定していた国の研究教育機関の移転終了。
 その後も整備が進められ、1985(昭和60)年には国際科学技術博覧会(つくば科学万博)を開催、約2000万人が入場した。
筑波研究学園都市年表
1963(昭和38)年 研究学園都市の建設地は筑波地区とすることについて閣議了解
1964(昭和39)年 研究学園都市建設推進本部の設置を閣議決定
1966(昭和41)年 用地取得開始 
1968(昭和43)年 新住宅市街地再開発事業、土地区画整理事業などの区域決定及び事業決定
1970(昭和45)年 筑波研究学園都市建設法施行
1972(昭和47)年 公務員宿舎への入居開始
1972(昭和47)年 無機材質研究所開設(移転機関第1号)
1973(昭和48)年 筑波大学開学
1973(昭和48)年 土浦学園線一部開通
1974(昭和49)年 竹園東幼稚園、竹園東小学校、竹園東中学校が開園開校
1975(昭和50)年 学園東大通り一部開通
1980(昭和55)年 43の試験研究・教育機関の施設が概成、業務開始
1980(昭和55)年 研究学園地区建設計画承認
1981(昭和56)年 周辺開発地区整備計画承認
1981(昭和56)年 常磐自動車道柏−谷田部間が開通
1983(昭和58)年 つくばセンタービルオープン
1985(昭和60)年 国際科学技術博覧会開催
1987(昭和62)年 谷田部町、桜村、大穂町、豊里町が合併し、つくば市誕生
1988(昭和63)年 筑波町がつくば市に加わる
1989(平成元)年  新つくば計画策定
1996(平成8)年  科学技術基本計画閣議決定
1998(平成10)年 研究学園地区建設計画の変更決定及び周辺開発地区整備計画の変更承認
2002(平成14)年 茎崎町がつくば市に加わる
2005(平成17)年 つくばエクスプレス開業
2013(平成25)年 筑波研究学園都市50周年。11月12日、つくば国際会議場で記念式典開催
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