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鹿嶋市

 鹿嶋市は、茨城県の南東部に位置し、鹿島神宮の門前町として栄えた。なお、鎌倉時代から室町時代にかけては鹿島氏の城下町でもあった。 現在は、鹿島神宮を訪れる参拝者の観光都市として、あるいは鹿島港を中心に鹿島臨海工業地帯が広がる工業都市として発展している。 また、最近はJリーグ・鹿島アントラーズのホームとして知られる。JR鹿島線、鹿島臨海鉄道、国道51号、国道124号が交差する。 東は太平洋・鹿島灘に面し、西は北浦と水に挟まれた地域。
 1995(平成7)年9月1日、鹿島郡鹿島町と同大野村が合併し鹿嶋市となった。 当初市名は鹿島市を希望したが、佐賀県鹿島市があったことから断念。 鹿島神宮は古くは「鹿嶋神宮」と記されていたことからそれをもとに鹿嶋市とした。 人口は66,093人(2010年国勢調査)、面積は105.97平方km。
 旧鹿島町は、1954(昭和29)年9月15日、鹿島町と豊津村、豊郷村、波野村、高松村が合併した。
 旧大野村は、1955(昭和30)年3月31日、大同村と中野村が合併した。
北浦大橋水郷筑波国定公園へ。
鹿島神宮
 常陸国一の宮。式内社。旧社格は官幣大社。日本全国に約600社ある鹿島神社の総本社である。 平安時代にまとめられた延喜式神名帳に記載がある式内社で、当時、神宮の称号で呼ばれていたのは鹿島神宮のほかは、 伊勢神宮(神宮=三重県伊勢市)、香取神宮(千葉県香取市)だけだった。
 創建は神武天皇1年(紀元前660年)と伝えられている。 祭神は武甕槌大神。武神として武士からの崇敬厚く、現在でも勝負事の神様として、さらには戦いを治めるということから平和をもたらす神として霊験あるという。 また、安産、縁結び、さらには地震除けなどに御利益があるとされている。 なお、祭神の武甕槌大神は、香取神宮に祀られている経津主大神とともに武芸の神として、武術の道場には「鹿島大明神」「香取大明神」と書かれた2軸の掛軸が対になって掲げられていることが多い。 香取神宮、息栖神社(神栖市)とともに東国3社と呼ばれる。
 例祭は9月1日、勅使をお迎えして行われる。また同日、神幸祭や提灯まち、翌2日に行宮祭、還幸祭が行われる。両日は鹿嶋市宮中の5地区から山車が出て祭りに華を添える。 また12年に一度の午年には、式年大祭御船祭が執り行われる。 鹿島神宮の祭神である武甕槌大神と香取神宮の祭神である経津主大神が水上で出会う祭り。内海で行われる御船祭としては国内最大の規模、最古の歴史を誇る (下記参照)。
 境内の要石(かなめいし)は、地震を起こす大鯰の頭を抑える杭とされ、見た目は小さいが地中部分は大きく、決して抜くことはできないとの言い伝えがある。 水戸黄門で知られる水戸藩2代藩主・徳川光圀公が家来に命じて掘らせたが、ついに掘り出せなかったとされる。
 鹿島神宮には鹿園があり神の使いとして日本鹿が飼われている。藤原氏が創建した奈良県の春日大社の鹿は、鹿島神宮の鹿を連れて行ったもの。
 神宮に伝わる宝物に、国宝の「直刀・黒漆平文大刀拵(ちょくとう・くろうるしひょうもんたちごしらえ)、附:刀唐櫃」 がある。「布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)」「平国剣(ことむけのつるぎ)」とも呼ばれる伝説の剣。 神話では、武甕槌大神が国を平定した時の剣が布都御魂剣だったが、その剣は石上神社に御神体として祀られてしまった。 そのため武甕槌大神の剣として新たに鹿島の砂鉄を使って約1300年前(奈良時代から平安時代初期)に作られたものという。 柄(つか)、鞘を含めた全長は8尺9寸4分(2.71m)、刃長7尺3寸8分(2.24m)の直刀。現存する伝世品(出土品でない)の日本刀の中では、最古例の一つ。 正倉院の「金銀鈿荘唐大刀」の流れをくむとみられる。神社内の宝物館で見ることが出来る。
 本殿、楼門、拝殿、奥宮本殿などが国の重要文化財に指定されている。奥宮本殿は徳川家康の命による造営、 本殿、拝殿などは2代将軍・徳川秀忠公、そして楼門は初代水戸藩主・徳川頼房公の建立。 楼門は、福岡県の筥崎宮、熊本県の阿蘇神社の楼門とともに日本3大楼門とされる。 同じく国の重要文化財に指定されている「梅竹蒔絵鞍」は鎌倉幕府を開いた源頼朝が寄進した馬の鞍とされる。 さらに境内全域が国の史跡に指定されている。
 大鳥居は、境内の杉で作られた木製の大鳥居。以前は、1968(昭和43)年、笠間市の稲田石で建てられた石鳥居だった。 国産の花崗岩で造られた鳥居としては日本一の規模を誇っていたが2011(平成23)年の東日本大震災で倒壊。 復興のシンボルとして再建が進められ、2014(平成26)年6月1日完成した。 新しい大鳥居は境内から杉が切り出され、両柱が樹齢約500年、笠木が樹齢約600年、貫が樹齢約250年の4本が使われた。 完成した大鳥居は高さ約10.2m、笠木幅約14.6mの大きさ。記録の残る1664(寛文4)年以降で11代目、明治期以降では4代目となる。
 鹿島市大船津の北浦湖岸には水上大鳥居がある。鹿島神宮に通じる東西南北の参道入口4カ所に設けられた一之鳥居のひとつで、 西の一之鳥居。もともとは僧の忍性が建立したのが最初という。1618(元和4)年、2代将軍・徳川秀忠公が奉納した。 この時も水上鳥居で、水運が盛んだった当時は、鹿島の玄関口のシンボルだったという。 現在の鳥居は2013(平成25)年6月の再建。水底からの高さ18.5m、幅22.5m。水上鳥居としては広島・厳島神社の鳥居の 高さ16mを超え国内最大という。鳥居は新日本住金製の耐候性鋼材が使われた。なお、旧鳥居の2.5倍の大きさがある。
 祈祷殿が2014(平成26)年10月17日完成した(使用は18日から)。式年大祭御船祭の記念事業として建設された。 建築面積2055.36平方m、延床面積3145.48平方m。その名の通り、従来拝殿で行われていた祈祷を行う。 そのため祈祷殿内に神殿が設けられ、本殿から分霊が移されている。また、社務所、参集殿の機能も持つ。
 御朱印、オリジナル御朱印帳有。授与は祈祷殿。御朱印については御朱印・神社も参照。
 鹿嶋市宮中2306−1。鹿島神宮の地図
楼門
日本3大楼門のひとつ鹿島神宮の楼門
拝殿 本殿
拝殿(左)、本殿(右)
奥宮 仮殿
奥宮(左)、仮殿(右)
祈祷殿 要石
祈祷殿(左)、要石(右)
樹叢 御手洗池
鹿島の樹叢(左)、御手洗池(右)
水上鳥居
大船津一之鳥居、日本最大級の水上鳥居
鳥居 大鳥居
大鳥居=東日本大震災で倒壊(左)、現在の大鳥居(右)
宝物殿
宝物殿
御朱印 奥宮御朱印
鹿島神宮御朱印(左)、奥宮御朱印(右)
御朱印帳表紙 御朱印帳裏表紙 御朱印帳表紙 御朱印帳裏表紙
鹿島神宮オリジナル御朱印帳表紙(左)、裏表紙(左中)、鹿島神宮オリジナル御朱印帳鷹バージョン表紙(右中)、裏表紙(右)
御船祭みふねまつり
 12年に一度、午年に行われる鹿島神宮の式年大祭。2000人以上の大行列が陸路、水路合わせて30kmを巡行する。 特に100隻以上参加するという大船団の巡行は圧巻。
 9月1日、勅使をお迎えしての例祭が執り行われる。提灯まちの神事、神幸祭を行い、御分霊を神輿に移し、行宮(あんぐう)に渡御する。 9月2日、行宮で御発輿祭(ごはつよさい)を行い、そこから大行列で大船津へ移動。神輿が水上の大鳥居をくぐり竜頭で飾られた御座船へと進む。 ここで御発船祭が執り行われた後、大船団で香取市の加藤州の斎杭(いみぐい)を目指す。 加藤州では香取神宮の御迎祭がある。御迎祭を終えると帰途につき、鹿島神宮の楼門前まで着くと行宮御着輿祭(ごちゃくよさい)が行われる。 9月3日、行宮祭、そして神輿を本宮へ還御する還幸祭で12年に一度の式年大祭は終わる。
御船祭
御船祭。多くの船を従えて浪逆浦を進む御座船
祭頭祭 さいとうさい
 毎年3月9日に開催される鹿島神宮の祭礼。色鮮やかな衣装で着飾った数百人に及ぶ囃人が神宮とその周辺を練り歩き鹿島地方に春の訪れを告げる。 国選択無形民俗文化財。
 午前10時から当番町2郷の大総督(新発意=郷の代表として選ばれる5歳前後の男児)が神宮に昇殿し祭頭祭が始まる。 その後、ほら貝や太鼓が鳴らされる中、祭頭囃の行列がスタート。「イヤートホヨトホヤァー」の祭頭歌に合わせて 独特の派手な衣装を身に着けた囃人が10数人のグループとなり輪になって6尺(約180cm)の樫棒を突き合わせては解きながら、 鹿島神宮の参道などを練り歩く。最後は神宮の境内に囃し込み最後は拝殿前で一斉囃しが行われる。
 午後6時からは春季祭。来年の当番町を卜定(占いの一種)で決める。当番町は、神宮の南側の大字を南郷といい左方、 北側の大字を北郷といい右方として選ばれる。
 祭頭祭の歴史は古く、その起源は奈良時代の天武天皇の時代から、あるいは平安時代からと諸説ある。 文献で最も古い記述は建仁4年(1204年)のものという。少なくとも800年以上の歴史がある。 東日本大震災の影響で2012(平成24)年には中止の危機があったが、中止にしてはならないとの声が上がり、 参加者を公募して行った。
祭頭祭
参道で色とりどりの衣装を身にまとい樫棒を突き合わせながら練り歩く囃人
神幸祭じんこうさい
 9月1日、2日両日行われる一連の鹿島神宮の祭礼。「ご神幸」と呼ばれる。正確には例祭、提灯まち、神幸祭、行宮祭、還幸祭に分かれる。 地元の宮中5地区からは両日とも山車が出て祭りを盛り上げる。
 例祭は、1日午前10時から天皇陛下からの大幣帛(おおみてぐら)をいただき、宮内庁からの勅使(6年毎の子年、午年、それ以外の年は御使)、 迎え執り行われる。鹿島神宮で最も重要な神事。
 提灯まちは、大きな青竹にたくさんの小提灯をつけ、20人程度の若衆が押し立てながら参道を進んで境内に運び、篝火に 投入して燃やす奉納神事。1日午後2時から「こども提灯」、午後4時30分から若衆による「大提灯」。
 神幸祭は、1日午後8時から、神宮の分霊を御神輿に遷して氏子地域を巡行、 最後は楼門に設けられた御旅所(御仮屋)「行宮」(あんぐう)に安置される。 行宮祭は、2日午前10時から、行宮前で執り行われ神事。 そして、還幸祭では、2日午後3時から、御神輿が氏子地域を巡行した後、神宮へ還御する。
 山車などの詳細は鹿島神宮神幸祭へ。
神幸祭参道
神幸祭当日の参道。神社に向かって町内の山車が整列
鹿島アントラーズ
 鹿嶋市にホームグラウンド(ホームタウンは、鹿嶋市、神栖市、潮来市、鉾田市、行方市)を置くプロサッカーチーム。Jリーグ発足10チームのうちの1チーム。 国内3大タイトルでは、Jリーグ(1996、1998、2000、2001、2007、2008、2009、2016年)、 Jリーグカップ=YBCルヴァンカップ、旧ヤマザキナビスコカップ=(1997、2000、2002、2011、2012年、2015年)、 天皇杯(1997、2000、2007、2010、2016年)で、 最多の19冠(Jリーグ発足後、2017年1月1日天皇杯終了時)を誇る強豪クラブ。 2000年シーズンは国内3大タイトルを全て制し、史上初の3冠を達成している。 2016(平成28)年、FIFAクラブワールドカップで準優勝。
 チームの母体は、鹿島工業団地に工場がある住友金属。アントラーは鹿の枝角で、鹿島神宮の神鹿と枝角は茨城の茨を意味する。
 プロチームとしての鹿島アントラーズは、当時、ブラジルサッカー界の英雄で、元ブラジル代表のジーコが、当初よりチームづくりに参画、プロ意識を叩き込んだ。 ジーコが離れた後も、その影響は強く残っており、プレースタイルや、外国人補強選手が2008(平成20)年まで全てブラジル人など、その姿勢は一貫している。
 鹿島市内にある鹿島アントラーズクラブハウスは、鉄骨2階建て。選手のロッカールームやトレーニングルーム、監督室などがあるほか、天然芝3面、人工芝2面のグラウンド、見学者用のスタンドなどがある。 また、サポーターに人気のクラブショップやアントラーズカフェが併設されている。 クラブショップは、アントラーズのキャラクター商品を取り揃えている。アントラーズカフェでは、選手とのコラボメニューも多くある。 平日は午前11時から午後6時、土日は午前10時から午後5時。月曜日定休。
 鹿嶋市栗生2887。鹿島アントラーズクラブハウスの地図
カシマサッカースタジアム
 1993(平成5)年4月にオープンした日本で初めての本格的なサッカー専用スタジアム。正式名称は茨城県立カシマサッカースタジアム。 鹿島アントラーズのホームグラウンド。こけら落としは、鹿島対フルミネンセFC(ブラジル)で、ジーコがスタジアム初ゴールを挙げている。 2002(平成12)年の日韓ワールドカップでは開催会場のひとつとなり、アルゼンチン−ナイジェリア、ドイツ−アイルランド、イタリア−クロアチア戦が行われた。 なお、オープン当初はJリーグ規格に合わせて15000人収容だったが、ワールドカップ開催に合わせ改修が行われ、40728人収容のスタジアムとして2001(平成13)年5月15日に完成した。 フィールドは115mX78mの天然芝(ケンタッキーブルーグラス)。
 スタジアムには、ジーコ像がある。
 鹿嶋市神向寺26−2。カシマサッカースタジアムの地図
カシマサッカースタジアム ジーコ像
カシマサッカースタジアム(左)、ジーコ像(右)
カシマサッカーミュージアム
 鹿島アントラーズを中心にしたサッカーミュージアム。カシマサッカースタジアムのバックスタンド側にある。 アントラーズゾーン、ワールドカップゾーン、スタジアムゾーン、ドリームシートゾーンからなる。 アントラーズゾーンは、その名の通り鹿島アントラーズの栄光の軌跡を紹介。 ワールドカップゾーンは、カシマサッカースタジアムで行われたワールドカップのメモリアル。 スタジアムゾーンでは、カシマサッカースタジアムの歴史を紹介している。 またドリームシートゾーンはスタンドの臨場感がそのまま味わえる。 開館時間は午前10時〜午後4時。休館は毎週月曜日(祝日の場合は火曜日)、祝日の翌日、年末年始。 
 鹿嶋市神向寺26−2。カシマサッカーミュージアムの地図
塚原ト伝
 戦国時代の剣術家で、鹿島新道流の開祖。「剣聖」とされる。 鹿島神宮の神官・卜部家の子として生まれる。その後、塚原家の養子となった。実父から鹿島古流、義父からは天真正伝香取神道流を学んだ。 その後旅に出て剣術を磨き、100余の試合で一度も負傷しなかったと伝えられる。現在は伝わっていないが、奥義「一の太刀」を極めたとされる。 鹿島神宮駅前の鹿詰公園に銅像がある。
 鹿嶋市宮下。鹿詰公園の地図
塚原ト伝像
鹿詰公園の塚原ト伝像
潮騒はまなす公園
 海抜77mの高さから360度のパノラマが楽しめる宇宙展望搭(高さ45m)がシンボル。プラネタリウムや郷土資料館、美術館が併設されている。 プラネタリウムは、四季に応じたプログラム、美術館は名画の複製が楽しめる。 また、開業当時日本一の長さを誇った鹿島灘に向かって滑る長さ154mのジャンボ滑り台もある。
 入園料無料。展望台のみ大人300円、小人200円、幼児100円。月曜日休館。
 鹿嶋市角折2096−1。潮騒はまなす公園の地図
宇宙展望搭
宇宙展望搭
長者ヶ浜潮騒はまなす公園前駅
 鹿島臨海鉄道大洗鹿島線の駅。1990(平成2)年11月18日開業。当時、日本一長い駅名として話題となった。 長者ヶ浜潮騒はまなす公園前駅(ちょうじゃがはましおさいはまなすこうえんまええき)は、正式名称で13文字、読みで22文字。 福島県の「やながわ希望の森公園前」駅(正式名11文字、よみ16文字)から日本一の座を奪った。
 しかし、1992(平成4)年、熊本県の「南阿蘇水の生まれる里白水高原」駅にその座を明け渡した(正式名14文字、読み22文字)。 さらにその後、2001(平成13)年、島根県の「ルイス・C・ティファニー庭園美術館前」駅に読みでも日本一の座を明け渡したが、 2007(平成19)年5月21日、美術館の閉館により、駅名が変更されたため、読みでは再び日本一の座に返り咲く。 当時、これを記念し、記念切符などが発売された。
 駅名は、潮騒はまなす公園と長者ヶ浜海水浴場をPRしようと、当時の大野村村長が決めた。 潮騒はまなす公園の目玉が、当時、日本一長い滑り台だったことから、それにあやかり、駅名も日本一の長さにこだわったという。
 鹿嶋市角折2273−17。長者ヶ浜潮騒はまなす公園前駅の地図
長者ヶ浜潮騒はまなす公園前駅 ホーム
長者ヶ浜潮騒はまなす公園前駅(左)、ホーム(右)
鹿島神宮駅
 JR東日本(東日本旅客鉄道)鹿島線の駅。1970(昭和45)年8月20日開業。 その名の通り、鹿島神宮の玄関口。また、バスターミナルがあり、東京駅行、羽田空港行、東京テレポート駅行の高速バス、銚子駅行の路線バスがある。 駅前に鹿嶋市観光案内所がある。
 鹿嶋市宮下。鹿島神宮駅の地図
鹿島神宮駅 鹿嶋市観光案内所
鹿島神宮駅(左)、鹿嶋市観光案内所(右)
鹿島臨海工業地帯
 鹿嶋市と神栖市にまたがり、人工港の鹿島港を中心に広がる2400万平方mの工業地帯。 「高松地区」、「北海浜地区」、「神之池東部地区」、「神之池西部地区」、「奥之谷浜地区」、「南海浜地区」、「波崎地区」などのブロックで形成される。 鹿嶋市は、高松地区、北海浜地区などからなり、新日鉄住金鹿島製鉄所を中心にした鉄鋼関係が立地する。 鹿島臨海工業地帯の詳細は、神栖市へ。
鹿島港
 世界有数の掘込式人工港。南航路と北航路のY字型の港。20万トン級のタンカーが入港できる。 名称こそ鹿島港だが、鹿嶋市域は港入口の北防波堤部分のみで、そのほとんどが隣の神栖市域にある。 鹿島港北側、北海浜埋立地の港入口には、魚釣園がある。港の入口の釣りスポットで誰でも安心して海釣りが楽しめる。 鹿島港の詳細は、神栖市へ。
鹿島港魚釣園
 鹿島港北側、北海浜埋立地の港入口にある。港の入口の埠頭を利用した管理された釣り場で、誰でも安心して海釣りが楽しめる人気スポット。 休憩所や軽食がとれる管理棟がある。また、釣竿のレンタルも行っており、気軽に海釣りを楽しめる。 季節によってアナゴ、カレイ、ヒラメ、キス、アジ、サバ、メバル、カンパチなどさまざまな種類の魚の釣果が確認されている。
 鹿嶋市新浜地先。鹿島港魚釣公園の地図
ハマナス自生南限地
 寒地性の植物で初夏に淡いピンクの花を咲かせるハマナスの太平洋側における自生南限地が鹿嶋市大小志崎にあるハマナス群落。 南限の群落として国の天然記念物に指定されている。なお日本海側の南限として鳥取県鳥取市白兎が同時に指定されている。
 ハマナスは、北海道から東北地方の海岸に多く自生しているが、自生地はここが南限とされた。 指定地は波打ち際よりおよそ60mの内陸部にあり、現在は約2234平方mが柵で囲まれている。ハマナスの開花期は5〜7月ころ。 自生地はその後、南の神栖市や千葉県銚子市でも確認されたが群落として自生しているのはこの場所が南限と見られている。
 なお、ハマナスは、加藤登紀子の「知床旅情」の歌詞が有名で、一躍メジャーな植物となった。
 鹿嶋市大小志崎。ハマナス自生南限地の地図
ハマナス自生南限地
ハマナス自生南限地
護国院
 降魔山護国院経音寺。真言宗智山派の寺。本尊は五大明王。 成田山新勝寺の不動明王とは、同じ木から彫られた「兄弟不動様」とされる。 北関東三十六不動尊霊場第29番札所。厄除不動尊として知られる。
 708(和銅元)年の開基とされる。当初は鹿島神宮の境内にあり、1674(延宝2)年、鹿島大宮司の意向で現在地に移る。 1870(明治3)年、火災により堂宇を焼失するが、本尊は天狗騒動の際に、別の場所に移してあり、難を免れた。
 不動堂は、1879(明治12)年の再建。1996(平成8)年9月22日の台風17号の影響で損傷が著しくなったため、修復を行い、 1998(平成10)年1月、完成した。境内には鹿嶋市指定文化財の板碑がある。
 北関東三十六不動尊霊場については北関東三十六不動尊霊場へ。
 御朱印有。寺院の御朱印については御朱印・寺院も参照。
 鹿嶋市宮中2−6−13。護国院の地図
不動堂 護国院御朱印
護国院不動堂(左)、御朱印(右)
大師堂 山門
大師堂(左)、山門(右)
慈眼寺
 神戸山慈眼寺。真言宗智山派の寺。関東八十八カ所霊場第34番霊場。東国花の寺百ヶ寺。 創建は天平勝宝年間(749〜57年)とされる。 鹿島神宮寺を建立した僧・満願が、鹿島神宮の鬼門にあたるこの地に神宮寺の三大末寺筆頭として、 神宮の主祭神「武甕槌神」(タケミカツチノミコト)の本地仏である十一面観世音と大般若経六百巻を奉安し創建した。 「鹿島さまに参ったら観音さまに願かけよ」と鹿島神宮参詣後は裏参りと称し参拝者で賑わったという。
 関東八十八ヵ所霊場の詳細は関東八十八ヵ所霊場へ。 御朱印有。寺院の御朱印については御朱印・寺院も参照。
 鹿嶋市浜津賀378。慈眼寺の地図
慈眼寺本堂 慈眼寺
慈眼寺本堂(左)、関東八十八カ所霊場第34番霊場の御朱印(右)
慈眼寺山門 灘観音
慈眼寺山門(左)、境内の高台にある灘観音(右)
慈眼寺眺望
灘観音前からの太平洋の眺望。左手の建物は本堂
根本寺
 瑞甕山根本寺。臨済宗の寺。613(推古天皇21)年、聖徳太子が勅を奉じて創建されたという古刹。 日本で最も古い寺のひとつとされる。本尊は薬師如来。始め三論宗、その後法相宗、天台宗。 1191(建久2)年、鎌倉幕府の庇護を受け再興。弘安の役では、後宇多天皇の勅命で、戦勝を祈願した。 康永年間(1342〜44年)、北朝の光明天皇が勅を奉じ、教外得蔵和尚が寺を修理し、臨済宗に改めた。 天狗騒動で、堂宇が焼失した。現在の本堂は1981(昭和56)年7月落成。
 江戸時代には、松尾芭蕉が鹿島紀行で訪れた。芭蕉は同寺の仏頂禅師を師と仰いでいた。 境内には“月はやし梢は雨を持ちながら”の句碑が建てられている。
 鹿嶋市宮中2682。根本寺の地図
本堂
根本寺本堂
山門 句碑
山門(左)、句碑と境内(右)
大福寺
 棚木の観音様として親しまれている。補陀洛山庫蔵院大福寺。真言宗豊山派の寺。安産、子育ての仏様。 創建は1189(文治5)年と伝えられる。本尊の十一面観世音菩薩は、壇ノ浦で敗れた平氏の武将、悪七兵衛景清(平景清)の守り本尊とされる。 娘の人丸が日向(宮崎県)にいた景清から受け取り、背負って縁のある常陸国鹿島郡白鳥荘に来た。 人丸は、池のほとりの松の木に枝で棚を作り、十一面観世音菩薩を安置し、戦死者の霊を弔ったという。 この伝説が棚木の地名の由来になっている。 人丸は、その後剃髪し、妙庫比丘尼となって寺を創建した。境内には人丸の墓「妙庫塚」がある。 十一面観世音菩薩座像は、像高約90cm。1977(昭和52)年5月2日、茨城県文化財指定。
 鹿嶋市棚木371。大福寺の地図
大福寺 山門
大福寺(左)、山門(右)
鎌足神社
 飛鳥時代の豪族で、藤原氏の始祖・藤原鎌足(ふじわらのかまたり、614=推古22年=〜669=天智天皇8年=)を祀る神社。 鹿嶋市は、古来より藤原鎌足の誕生地という伝説がある。歴史書『大鏡』では、鎌足は鹿島神宮の鎮座する地で出生したとされている。
 藤原鎌足は、もともと中臣鎌足といい、中臣氏は、鹿島神宮の祭祀者出身という。 鎌足出生当時の中臣氏は、都に住んでいたが、鎌足は、父親が鹿島神宮に派遣された時に生まれたとされる。 中大兄皇子(のちの天智天皇)の信任厚く、乙巳の変、及び大化の改新を断行したとされる。
 境内には1892(明治25)年に建立された「大織冠藤原公古宅址碑」がある。
 鹿嶋市宮中3354。鎌足神社の地図
鎌足神社
鎌足神社
鹿島城山公園
 鹿島城址。鎌倉時代から室町時代まで400年間、この地に勢力のあった鹿島氏の居城。公園は本丸跡で、桜の名所として知られる。春には桜祭りも行われる。
 鹿嶋市城山1−3034。城山公園の地図
鹿島城山公園 鹿島城址碑
城山公園(左)と眺望の開けたところに建つ鹿島城址碑(右)
新日鉄住金桜公園
 新日鉄住金鹿島製鉄所に隣接してある公園。桜の名所として知られる。また、バラやラベンダーなどの植物が栽培されている。 最大の特徴は、溶鉱炉など、製鉄所の古い機械が、オブジェのように展示されている。
 鹿嶋市光3。桜公園の地図
櫻花公園おうかこうえん
 新日鉄住金鹿島製鉄所の敷地に残っていた掩体壕(えいたいごう=飛行機の防空壕)に特攻兵器の「櫻花」を展示した公園。 土地の歴史を記念するとともに、大戦の記憶をとどめ、平和への思いを新たにする場としての公園として位置づけられている。 この場所には、1944(昭和19)年4月、神之池海軍航空隊が開設(のちに721航空隊と改称)され、櫻花の訓練などが行われた。
 鹿嶋市光3。櫻花公園の地図
下津海水浴場おりつかいすいよくじょう
 遠浅で泳ぎやすいと評判の海水浴場。海水浴場としての運営は7月中旬から8月中旬。 この期間中はNPO法人鹿嶋ライフガードチームが海水浴客の安全を守る。時間は午前9時〜午後4時。  海水浴期間以外は、サーファーに人気。
下津海水浴場の地図
平井海水浴場
 2008(平成20)年に正式オープンした海水浴場。海水浴場としての運営は7月中旬から8月中旬。 この期間中はNPO法人鹿嶋ライフガードチームが海水浴客の安全を守る。時間は午前9時〜午後4時。 
平井海水浴場の地図
茨城県栽培漁業センター
 ヒラメ、スズキ、アワビ、鹿島灘はまぐりなどの種苗生産などを行っている。 栽培漁業や資源管理型漁業について学べる常設の展示室がある。また、展示池、アワビ屋外水槽、クロレラ水槽が見学可能。 開場時間は午前10時〜午後4時。土日、祝日、年末年始休場。入場無料。受付が必要。
 鹿嶋市平井2287。栽培漁業センターの地図
鹿島宇宙技術センター宇宙通信展示室
 独立行政法人情報通信研究機構の施設。同機構は1960(昭和35)年、電波研究所として設立。当時の鹿島町で直径30mのパラボラアンテナの建設を行い、 1964(昭和39)年には同センターの前身となる鹿島支所を開設した。衛星通信や電波天文などの研究を行っている。 宇宙通信展示室は、同センターの研究活動を広く紹介するため設けられている施設。パラボラアンテナなどを分かりやすく解説した展示が人気。 入館は午前9時〜午後4時。休館は年末年始及び設備点検によるもの。入館料無料。
 鹿嶋市平井893−1。鹿島宇宙技術センターの地図
新日鉄住金鹿島製鉄所
 旧住友金属工業鹿島製鉄所。2012(平成24)年10月1日、新日本製鉄と住友金属工業の経営統合により、現在の名称となった。
 1967(昭和43)年12月1日開所した。敷地面積約1000万平方m、従業員約3000人の巨大施設。鹿島港に隣接してある。 同社の鋼板及び建材の製造拠点のひとつ。自動車、家電向けの薄板鋼板を中心に、厚板鋼板、鋼管、形鋼などの製造を行っている。
 工場見学を行っている。見学対応時間は午前9時〜午後3時。見学所要時間は約2時間。 概要説明、映像鑑賞などに続いて車中から構内見学、熱間圧延工場などを見る。予約制。
 鹿嶋市光3。住友金属工業鹿島製鉄所の地図
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