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潮来市

 潮来市は、茨城県の南東部に位置し、水陸両方の交通の要衝にあった。 また、周囲を水に囲まれた「水郷」地帯である。交通の要衝としての地位は、交通機関の変遷の中で失われたが、現在では、水郷を生かした観光都市として知られている。 2001(平成13)年4月1日、行方郡潮来町と同牛堀町が合併し潮来市となった。人口は30,534人(2010年国勢調査)、面積は71.41平方km。なお、茨城県内の市で最も人口が少ない。
 古来、国府の石岡から鹿島神宮ヘ通じる駅路「板来の駅」を設けたのが始まりという。常陸風土記にも「板来」の名前がある。 元禄年間、水戸藩第2代藩主の徳川光圀公が「鹿島の潮宮」にあやかって「潮来」にしたと伝えられている。 江戸時代は、水戸藩の飛び地で、水運の中継地として栄えた。特に東北地方からの物資の中継が盛んで、仙台河岸跡、津軽屋敷跡などが残る。
 市内の中心部を流れる前川沿いにあやめ園がある。 あやめが咲く毎年5月末から6月にかけては、市内最大のイベント「水郷潮来あやめまつり」が開催されている。
 JR鹿島線が東西に横断しているほか、国道51号、国道355号が交差する。また、東関東自動車道の終点ともなっている。
 旧潮来町は、1955(昭和30)年2月11日、潮来町と津知村、大生原村、延方村が合併して誕生。合併前の人口は25,841人(2000年国勢調査)、面積は43.88平方km。
 旧牛堀町は、1955(昭和30)年4月1日、香澄村、八代村が合併し、牛堀村が発足、同年11月3日、町制施行した。合併前の人口は6,103人(2000年国勢調査)、面積は18.79平方km。
霞ヶ浦、霞ヶ浦湖岸道路、霞ヶ浦サイクリングロード、北浦大橋、潮来大橋水郷筑波国定公園へ。
水郷
 潮来は、利根川の下流にできた水郷地帯の一角。サッパ舟やあやめが有名。前川十二橋巡り、前川あやめ園などの観光スポットがある。
 橋幸夫さんの「潮来笠」や花村菊江さんの「潮来花嫁さん」、美空ひばりさんの映画「娘船頭さん」など、歌や映画に取り上げられ、現在では全国区の知名度を誇る。
 毎年6月には「水郷潮来あやめまつり」が開催される。 
水郷潮来碑
水郷潮来あやめ園にある水郷筑波国定公園「潮来」の碑
水郷潮来あやめまつり
 水郷潮来あやめ園をメーン会場に、5月末から6月の最終日曜日まで、およそ1カ月間開催される。潮来市最大のイベント。 期間中は嫁入り舟、あやめおどり披露、潮来ばやし演奏、市営ろ舟遊覧、水郷潮来あやめ園ライトアップなどのイベントが開催される。 1952(昭和27)年に第1回のまつりが開催された。
水郷潮来あやめまつり
水郷潮来あやめまつり、嫁入り舟イベント時の前川及び会場周辺
サッパ舟
 櫓を使う手漕ぎ舟。「ろ舟」ともいう。水郷の水路を使った生活では、欠かすことのできない交通手段だった。現在は観光用として主に使われている。 サッパ舟の語源については笹の舟がなまった説などいくつかある。
ろ舟 ろ舟乗り場
前川をいくろ船(左)、水郷潮来あやめ園内にあるろ船乗り場(右)
娘船頭さん
 水運が衰えると、水郷を利用して観光を行うものが増え、その一つが地元の若い娘がサッパ舟をあやつり、観光客を案内する娘船頭。観光客に好評で広がった。
 1955(昭和30)年には、美空ひばりさんが主演した「娘船頭さん」のロケーションが潮来で行われたのをきっかけに、その名が全国的に知られるようになった。
前川十二橋めぐり
 前川にかかる12の橋、前川橋、上米橋、千石橋、まこも橋、出島橋、天王橋、潮音橋、水雲橋、思案橋、雨情橋、あやめ橋、前川水門橋をめぐる。
 サッパ舟(遊覧船)による十二橋巡りが行われている。あやめまつり期間中は手漕ぎのサッパ舟による十二橋巡りも行われる。 なお雨情橋は、水郷潮来あやめ園内にあるので、唯一舟でくぐらない。
 下記の加藤洲十二橋めぐりと合わせて水郷十二橋めぐり、名所十二橋めぐり、潮来十二橋めぐりとも呼ばれる。
 潮来市。前川十二橋めぐり乗船場の地図
遊覧船
前川を行き交う遊覧船
あやめ橋 思案橋
あやめ橋(左)、思案橋(右)
潮音橋 前川水門橋
水郷潮来あやめ園の東端となる潮音橋(左)、同じく西端となる前川水門橋(右)
加藤洲十二橋めぐり
 常陸利根川の南側、加藤洲の新左衛門川にかかる12の橋、思案橋、黄門橋、憩いの橋、偲ぶ橋、金宝樹(きんぽうじゅ)の橋、藤見の橋、 見返り橋、水仙橋、子育ての橋、想い出橋、十六夜(いざよい)橋、行々子(よしきり)橋の12橋をめぐる。
 コースは3コース有り、Aコースが12橋往復で所要時間は約40分、Bコースが12橋から与田浦往復で所要時間は約50分、 Cコースが12橋から出島一周で所要時間が約70分。あやめ祭り期間中は、水路が混雑するためCコースのみ運行。
 乗船場は前川12橋めぐりと同じだが、加藤洲十二橋めぐりは千葉県香取市内をめぐる。
 潮来市。加藤洲十二橋めぐり乗船場の地図
水郷潮来あやめ園
 潮来市営のあやめ園。旧前川あやめ園。市内の中心部を流れる前川沿いにある。約1.3haの園内には、 約500種、100万株のあやめ(花菖蒲)がある。「潮来笠記念碑」や「潮来花嫁さん記念碑」が設置されている。 水郷潮来あやめまつりのメーン会場。期間中は、「嫁入り舟」「あやめ踊り」「ろ漕ぎ舟遊覧」などのイベントが行われる。入園無料。 1976(昭和51)年4月開園。2013(平成25)年4月、前川あやめ園から名称変更した。
 潮来市あやめ1−5。水郷潮来あやめ園の地図
水雲橋
水郷潮来あやめ園のシンボルともなっている水雲橋とあやめ
あやめ園 水雲橋からのあやめ園
咲き誇るあやめ(左)、水雲橋から望むあやめ園(右)
あやめ碑 雨情橋
潮来あやめの碑(左)、雨情橋と水雲橋(右)
潮来花嫁さん記念碑
 歌手の花村菊江さんが歌ってヒットした「潮来花嫁さん」の記念碑。 花嫁像と潮来花嫁さんの歌詞が刻まれている。また、潮来花嫁さんの曲が流れる。
 潮来花嫁さんは、1960(昭和35)年4月発売。
潮来花嫁さん記念碑
水雲橋のたもとにある潮来花嫁さん記念碑
潮来笠記念碑
 歌手の橋幸夫さんのヒット曲「潮来笠」の記念碑。 歌詞を刻んだ碑と歌詞に出てくる旅姿の潮来の伊太郎像、それに潮来笠など5つの曲が流れる仕掛けがある。 2005(平成17)年7月5日建立。
 潮来笠は、橋幸夫さんのデビュー曲で、1960(昭和35)年7月5日発売。
潮来笠記念碑
水雲橋の下にある潮来笠記念碑
嫁入り舟
 昭和30年代までは、花嫁と嫁入り道具を運ぶため、実際に嫁入り舟が運行されていた。しかし、周辺の土地改良による水路の減少、交通手段の発達もあって消滅。 その後、1985(昭和60)年のつくば科学万博のイベントとして復活したのをきっかけに、現在はあやめまつりのイベントとして行われるようになった。 期間中の水、土、日曜日、原則午前、午後の2回行われる。また、期間中の土曜日夜にライトアップされたなかで行われる。
嫁入り舟
あやめまつりでの嫁入り舟
愛友酒造
 1804(文化元)年の創業。愛友のブランドはじめ、あやめの里、鹿島紀行、筑波遠望、かくとも、嫁入り舟、あやめまつり、五百万石友寿などの多彩なブランドを展開する。
 酒蔵見学が可能。仕込みの都合などで見学不可の日がある。団体の場合は予約必要。
 潮来市辻205。愛友酒造の地図
かんぽの宿・潮来
 天然温泉・潮来水原温泉がある公共の宿。泉質はナトリウム塩化物泉。効能は神経痛や筋肉痛、関節痛など。
 北浦を一望する展望大浴場が人気。水郷気分を満喫できる。「夕凪の湯」「朝陽の湯」と、趣の異なる2つの湯がある。
 潮来市水原1830−1。かんぽの宿・潮来の地図
 詳細・予約はかんぽの宿 潮来
素鵞熊野神社そがくまのじんじゃ
 1877(明治10)年、素鵞神社と熊野神社が合祀され誕生した。 潮来の鎮守社で、潮来祇園祭は、同神社の例祭(下記参照)。神輿や山車が市内を練り歩く。
 素鵞神社は、858(天安2)年、漁夫によって外浪逆浦から引き揚げられた神輿を祀ったのがはじまり。 旧辻村の天王原に、その後1188(文治4)年、天王河岸に遷座した。 熊野神社は、天正年間(1573〜86年)、紀州熊野から分霊を勧請した。 両神社とも、1696(元禄9)年、徳川光圀公の命で、現在の大六天山(通称天王山)に祀られることになった。 その後、水戸藩の神仏分離の命で、牛頭天王と熊野三社権現となった。それが再び、明治になって神社として合祀された。
 境内には、茨城県の天然記念物に指定されている大ケヤキがある。推定樹齢700年、樹高約10m、幹回り約7m。
 潮来市潮来1338−2。素鵞熊野神社の地図
素鵞熊野神社
素鵞熊野神社
潮来祇園祭禮
 素鵞熊野神社の例祭。毎年8月の第1金曜日から日曜日にかけて、神輿や各町内の山車が市内を練り歩く。 山車は、飾り物として据え付けられた大人形が特徴。1188(文治4)年の開始以来、800年以上の歴史と伝統を誇る。 また3日間とも夕方から夜にかけて駅前通りが歩行者天国になる。
 神輿は素鵞社の「天王様」と熊野社の「権現様」の2基ある。初日の「御浜下り」では、神社から揃って出御、神輿は町内の御仮殿に遷座する。 かつては神輿が町内に下ると東西で神輿の奪い合いが行われた。2泊し3日目に神社へ還御する「御山上り」が行われる。山車は14基あり飾り物の大人形が特徴(3丁目のみ獅子舞を担当、山車に大人形はない)。 総重量4tともいわれる山車を「のの字廻し」など「曲曳き」といわれる引き廻しの豪快さが特徴。なお、「上壱丁目」「下壱丁目」「四丁目」の山車は、 茨城県の文化財に指定されている。
 祇園祭で奏でられる「潮来ばやし」は、茨城県指定無形文化財。天安年間(857〜859年)ごろから、各地区の氏神様の祭礼で神前演奏された田楽、神楽が起源とされる。 江戸時代、両神社が天王山に祀られ、例祭が執り行われて、山車が練り歩くようになると、山車でお囃子が演奏されるようになり、現在のような形になったという。 祇園祭では、各町内の山車に太鼓や鼓など10人から15人が乗り、さんぎりや馬鹿ばやし、花三番などの曲目を演奏する。
 祇園祭の山車などの詳細は潮来祇園祭禮へ。
 潮来市潮来。御仮殿の地図
潮来祇園祭禮
潮来祇園祭禮で神輿を出迎えるため勢ぞろいした山車
長勝寺
 1185(文治元)年、源頼朝が武運長久を祈願するため創建したと伝わる由緒ある臨済宗の寺。 元禄年間(1688〜1704年)、伽藍が荒廃していることを惜しんだ徳川光圀公が再興させた。その後、江戸幕府から朱印と寺領が与えられている。 銅鐘が国の重要文化財に指定されているほか、本堂(仏殿)、山門、方丈、書院、玄関、庫裏、隠僚、木造阿弥陀如来坐像及び両脇侍像、木造大迦葉立像など多くが茨城県の文化財に指定されている。
 銅鐘は、1330(元徳2)年、鎌倉幕府執権、北条高時が下総国府城主千葉氏との発起により、源頼朝公の菩薩の為に寄進したもの。 鐘銘並びに序文の作者は、鎌倉円覚寺十六世清拙和尚(大鑑禅師)、鋳物師は甲斐権守ト部助光。 大きさは、総高115cm、身高84.8cm。小型ながら鎌倉期の特徴を良く示している。 銘文中に「客船夜泊常陸蘇城」(かくせんやはくす ひたちのそじょう)とあり当時の潮来の情景を知る貴重な資料とされる。
 本堂は、一重入母屋造茅葺で棟上に源氏の定紋「笹りんどう」を配している。規模雄大な禅宗建築として、唐様様式の貴重な遺構。 山門は、二重二階門、入母家造茅葺(現柿葺型銅板葺)で、本堂と同じく唐様様式の遺構。
 このほか、松尾芭蕉が鹿島紀行の帰りに詠んだ句碑が建っている。
 常陸七福神の福禄寿を祀る。常陸七福神は常陸七福神へ。
 御朱印有。寺院の御朱印については御朱印・寺院も参照。
 潮来市潮来428。長勝寺の地図
本堂 門
長勝寺本堂、門(右)
山門 長勝寺御朱印本尊 長勝寺御朱印
長勝寺山門(左)、長勝寺本尊御朱印(中)、常陸七福神福禄寿御朱印(右)
潮来駅
 水郷潮来の玄関口。JR東日本鹿島線の駅。
 潮来市あやめ1−1−16。潮来駅の地図
潮来駅
潮来駅
水郷潮来観光協会観光案内所
 JR鹿島線潮来駅構内にある観光案内所。開所時間は午前9時30分から午後5時(6月は午後6時)まで。月、木休み(6月は無休)。
 潮来市あやめ1−1−16。水郷潮来観光協会観光案内所の地図
潮来観光案内所
水郷潮来観光協会観光案内所
道の駅いたこ
 東関東道潮来IC近く、潮来市前川、県道潮来佐原線沿いにあり、潮来はもとより、鹿島方面への観光の起点となる施設。 2002(平成14)年4月オープン。
 足湯温泉コーナーがある「フェスタ館」、季節の植物や骨董、雑貨コーナーがある「ハーブ&フラワーショップ館」、 地元の食材を使ったお袋料理を提供する「潮来こめ自慢おふくろ亭」、潮来土産などを販売する「うるおい館」、 道の駅のシンボルともなっているガラスのテント「ひかりの広場」、地元直送の野菜が豊富に並ぶ「新鮮市場伊太郎」、 潮来の観光情報を提供する「情報棟」、そして「トイレ棟」がある。 また、全芝20ホール、関東屈指のグランドゴルフコースが備えられている。
 潮来市前川1326−1。道の駅いたこの地図
道の駅いたこ
道の駅いたこ
水郷バスターミナル
 高速バスのターミナル。東関東自動車道潮来ICに隣接してある。情報案内室、駐車場が整備されている。 高速バスは、鹿島ルート、波崎ルート、羽田空港ルート、成田空港ルート、お台場ルートの高速バスが乗り入れている。 情報案内室は、午前6時から午後3時(休日は正午まで)。駐車場の料金は1日500円。
 潮来市潮来。水郷バスターミナルの地図
水郷まちかどギャラリー
 潮来の文化の情報発信スペースとして1996(平成8)年5月2日オープンした。常設展、企画展が行われている。 館内のギャラリーショップでは、潮来出身の水彩画家、小堀進の絵葉書セットなどが販売されている。
 開館時間は午前10時から午後5時まで。休館日は、月曜日及び年末年始。
 潮来市潮来182−3。水郷まちかどギャラリーの地図
水郷まちかどギャラリー
水郷まちかどギャラリー
水郷県民の森
 面積は51.5haの広大な敷地に、コナラやクヌギの雑木林のほか、シイやカシなどの照葉樹が見られる平地林が広がる。 大膳池や大生古墳群があり、これらを活かした四季折々の自然観察会などの体験学習が行われている。 2005(平成17)年6月には、「楽しいな。森と人とのハーモニー」を大会テーマに、全国植樹祭が開催された。
 潮来市島須、大生。水郷県民の森の地図
つり橋
水郷県民の森のシンボルともなっている大膳池に架かる吊り橋

吊り橋から見た大膳池(左)、広々とした野外活動広場(右)
権現山公園
 旧牛堀町の市街地北側の高台にある公園。常陸利根川が一望できる。春には桜の、秋にはツツジの名所として知られ「茨城百景」にも選ばれている。 江戸時代には牛堀河岸が近くにあり、この権現山の黒松や桜が航行する舟の目印となっていた。また、江戸時代後期に活躍した浮世絵師・葛飾北斎の富嶽三十六景「常州牛堀」はこの場所から描かれたとされる。
 潮来市牛堀174−1ほか。権現山公園の地図
権現山公園眺望
権現山公園展望台からの眺望
権現山公園展望台 権現山公園広場
権現山公園展望台(左)、権現山公園の広場(右)
稲荷山公園
 潮来市街地の北側にあり、水郷が一望できる公園。展望台などがある。 自然に恵まれており、バードウオッチングも楽しめる。 公園内には、稲荷神社が祀られている。 また、野口雨情(名作「船頭小唄」の文学碑)の詩碑がある。
 園内最東端には水戸光圀公が潮来を訪れた時に滞在したという遺愛亭跡がある。
 潮来市潮来228−1ほか。稲荷山公園の地図
眺望
稲荷山公園展望台からの眺望
稲荷神社 散策路
稲荷神社(左)、自然豊かな公園内の散策路(右)
雨情碑 遺愛亭跡
野口雨情詩碑(左)、遺愛亭跡(右)
大生神社 おおうじんじゃ
 祭神は健御雷之男神(たけみかづちのおがみ)。鹿島の本宮と伝わる。旧郷社。社殿までに長い参道が周囲を神社の樹叢が取り囲む。 創建については、年代不詳ながら、大和国の飯富(おふ)族が常陸移住に際して氏神として祀ったという説と、 806(大同元)年、藤原氏が東夷東征の際に勧請したという説がある。
 現在の本殿は、1590(天正18)年に再建されたもので、周辺では最古の神社建築とされる。 三間社流造で間口約6m、奥行約7mあり、地方の神社としては大規模。茨城県の重要文化財に指定されている。 このほか、神社の神域として長い間保護されてきた社叢は、貴重な自然が残るとして茨城県の天然記念物に指定されている。
 潮来市大生8143−10。大生神社の地図
大生神社
大生神社拝殿
長国寺
 大興山。曹洞宗。本尊は聖観音。1470(文明2)年、島崎城主第13代島崎左衛門尉長国の開基でもと島須にあったとされる。 永正年間(1504〜21年)に現在地に移建したという。春には、参道の桜が美しい。
 潮来市上戸166。長国寺の地図
長国寺
長国寺
観音寺
 小野小町伝説が残る。瑠璃光山観音寺。真言宗豊山派。807(大同2)年、徳一大師の開山と伝えられる。 数度の火災にあい、1351(観応2)年、現在地に再建された。茅葺の山門と同じく茅葺の薬師堂が特徴。 薬師堂は、茨城県指定文化財。5.5m四方の寄棟造、室町時代末の建立と推定される。 平安時代、眼病を患った小野小町が、百日間寺に籠って祈願したところ、全快したと伝えられる。 全快のお礼にと寄進された「小町桜」が薬師堂前にある。現在の桜は3代目という。
 潮来市上戸624。観音寺の地図
愛染院
 東雲山愛染院根本寺。真言宗豊山派。水原の観音様として信仰されており、安産、子育てに御利益があるという。
 1057(天喜5)年、八幡太郎、源義家が前九年の役で出陣途中、この地で難風に遭い、やむなく滞在したところ、その夜、不思議な仏夢を見た。 このため、後冷泉天皇から賜った守護仏、如意輪観世音菩薩を安置し、武運を祈願したところ、難風がおさまったという。 このため、衆生済度の根本の地として円通閣主を招き草庵を建立した。その後本堂を建立し、義家公の守護仏を胎内仏として如意輪観世音菩薩を安置している。
 1694(元禄7)年、堂宇再建を開始、宥範和尚を中興開山として迎えた。1704(宝永元)年、麻生藩主、新庄直隆公から再建記念として愛染明王像が寄進され、以後、麻生藩主新庄家の祈願所となった。 現在の鐘楼門は享保年間(1716〜35年)の建立。観音堂は1719(享保4)年の建立とされる。義家公の守護仏を胎内仏とした如意輪観世音菩薩は、鍍金八角釣灯籠とともに茨城県指定文化財。 鐘楼門、観音堂は潮来市指定文化財。
 潮来市水原1121。愛染院の地図
鐘楼門 観音堂
愛染院鐘楼門(左)、観音堂(右)
二十三夜堂
 茨城県指定文化財。1807(文化4)年に設立された水戸藩延方郷校の聖堂(孔子堂)として1820(文政3)年に建てられた。 延方郷校は、現在の茨城県立潮来高校の場所にあった。 1872(明治5)年に廃校、1878(明治11)年、現在地に移転するとともに二十三夜堂に改築された。
 潮来市辻197−7。二十三夜堂の地図
鹿嶋吉田神社
 祭神は武甕槌命、日本武尊。旧延方村の鎮守。神社の例祭で延方相撲が奉納されることで知られる。 参道の桜が美しい。
 潮来市延方1885。鹿嶋吉田神社の地図
鹿嶋吉田神社 鹿嶋吉田神社鳥居
鹿嶋吉田神社社殿(左)、鳥居(右)
延方相撲
 鹿嶋吉田神社の例祭(7月27日)で奉納される。茨城県の無形文化財に指定されている。
 当番地区では、例祭の1カ月前から、衣装揃え、地取り祭りなどのさまざまな神事が行われ、 例祭当日は、当番地区から神社への古式豊かな行列が繰り出される。 神事のあと、3歳から7歳の小児による「花相撲」によって奉納相撲が開始され、古式にのっとった48番が奉納される。
 江戸時代初期、外波逆浦に面した延方の徳島地区で、漁場や耕作権をめぐり、下幡木との間で争いがあり、 1672(寛文12)年7月27日、この争いについて幕府から評定があり「水戸南領に属す」との裁決があった。 これは、延方側に有利な裁決だったことから、村人は喜び、翌1673(寛文13)年、村の鎮守、鹿嶋吉田神社に相撲を奉納して感謝したのが始まり。 以来、江戸勧進相撲の格式を持って現在に伝えられている。
 潮来市延方1885。鹿嶋吉田神社の地図
土俵
鹿嶋吉田神社社殿前の土俵
二本松寺
 羽黒山覚城院二本松寺。天台宗の寺。本尊は薬師如来。824(天長元)年、慈覚大師円仁が現在の潮来市茂木で開山。 1191(建久)年、嶋崎高幹が、嶋崎城築城に際し鬼門除けとするため現在地に移転した。 この時、境内を城郭とし、出城の役割も持たせたという。以降、400年間、嶋崎氏の祈願寺として栄えた。
 1691(元禄4)年、水戸徳川家2代・徳川光圀公が本堂などを寄進。 この本堂は、1885(明治18)年の暴風で倒壊、1892(明治25)年、古材で仮堂を建立、これは1988(昭和63)年まで使用されていた。 現在の本堂は、1991(平成3)年5月18日落慶法要が行われた。
 本尊の木造薬師如来座像(附木造両脇侍立像=月光、日光両菩薩)は茨城県指定文化財。 像高66.1cm、鎌倉時代末の作。秘仏で開扉は「住職一代に1度限り」という。
 紫陽花(アジサイ)の寺として知られ、40000平方mの敷地に100種類、10000株の紫陽花がある。
 御朱印有。寺院の御朱印については御朱印・寺院も参照。
 潮来市堀之内1230。二本松寺の地図
二本松寺 二本松寺御朱印
二本松寺本堂(左)、御朱印(右)
潮音寺 ちょうおんじ
 水雲山潮音寺。慈母観音。奈良県の法相宗大本山薬師寺の東関東別院。本尊は聖観世音菩薩(慈母観音)。
 薬師寺の伝統を受け継ぐ新しいタイプのお寺。特定の檀家を持たず、葬儀をしない、お墓を持たないのが特徴で、広く一般に門戸を開放している。 1975(昭和50)年6月5日開山。本堂、講堂、薬師堂、不動堂、霊堂、鐘楼など16棟が建立され、過去、現在、未来の 三界をあらわすように伽藍が整備された。2011(平成23)年3月11日の東日本大震災で、大きな被害を受け現在は4棟が残る。
 毎年8月13日から16日にかけて行われ、1万灯が献灯されるという万燈会(まんとうえ)で知られる。 万の燈を神仏に献じる会(まつり)。薬師寺の正式な東関東別院となった2004(平成16)年から開催されており、現在では潮来を代表する夏の風物詩として定着している。
 御朱印有。慈母観音及び薬師堂本尊薬師如来の2種類。寺院の御朱印については御朱印・寺院も参照。
 潮来市日の出4−7。潮音寺の地図
潮音寺 潮音寺薬師堂
潮音寺本堂(左)、薬師三尊像が安置されている薬師堂(右)
潮音寺御朱印本尊 潮音寺御朱印
潮音寺本尊慈母観音御朱印(左)、薬師堂本尊薬師如来御朱印(右)
白鳥の里
 潮来市水原の北浦湖岸にあるハクチョウの飛来地。1981(昭和56)年に初飛来、毎年50羽程度が飛来して越冬している。 飛来時期は11月末から3月上旬。年によって時期はずれる。ハクチョウ以外のも多くの渡り鳥を観察することができる。
 潮来市水原。白鳥の里の地図
白鳥の里
白鳥の里
水郷北斎公園
 常陸利根川沿いにある公園。延長は約1kmある。名称は葛飾北斎の浮世絵「常州牛堀」にちなんでつけられた。 夏には水上スキーやウエイクボードなどマリンスポーツの拠点ともなる。 絶好の釣りポイントでもあり、週末には多くの釣り客が訪れる。
 潮来市牛堀26−1外。水郷北斎公園の地図
水郷北斎公園
川沿いにある水郷北斎公園
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